森山大道 モノクローム展

                                  書いた人:スピカ
 

吉祥寺美術館では今月23日(祝・土)~12月27日(金)まで森山大道展(写真展)を開催しております。¥100と料金も安価ですし、皆様にご来館いただきたいと思っております。

ただ、森山大道と聞いて「あっ森山大道ね。よく知っている。」という反応を示せる方というのは、カメラ、もしくは写真好きな方を除くとそうはいないのではないかと一方で思っていたりもします。デジタルカメラ本機とSDカードが安価になったことにより、写真愛好家の人口は格段に増えたように思いますが、鑑賞として美術館に“絵画”を享受される方と“写真”を観る為にギャラリーや美術館に向かう層は、どういう理由かは判然としませんが、後者のほうが圧倒的に少ないように思います。それは写真という存在が身近にありながら難しいからなのか、写真(を撮ること)と相反して逆に写真家という存在が身近にないからなのかよくは分かりません。日本を代表する写真家というと木村伊兵衛、土門拳あたりが皆が知っていて巨匠と呼ばれるラインと言えそうですが、一方で写真家は常に斬新なものが求められるせいか、いつまでたっても巨匠の名を冠せられることもなく、第一線として活躍することが望まれているような気がいたします。そのような―写真と絵画というのを意識しながら今回、展覧会を観覧してまいりました。

今回、展示される展覧会の作品ですが全てがモノクロ写真です。それも時に荒々しいまでの質感と存在を放っています。これらを観ているとデッサンとモノクロームの写真というのは非常に近しいのではないのかなという感触も得ます。そのこころは、デッサンの基本とは、一見正確、精緻なものを要求されるようで、なるべくものの質感を通して、そのものの形状や、手触り、重さそういった複合的なものは実際に触れた上で描いた方がよく描けるのではないかと聞いた事があったからでしょう。すなわち観るだけではなくて、それが硬いのか、柔らかいのか、冷たいのか、温かいのか・・・これは言い換えれば、対象に対して自分がよく熟知できているかどうかということでもあります。森山大道の写真はそうした点でデッサンと非常に似ておりまして、観るだけでモノの質感のマチエールを捉えているのだと思います。

余談になりますが私自身はいつ写真に興味をもったのか、それはきっかけとして今でもはっきり思い出すことができます。「時の島々」(写真:東松照明 文:今福龍太)という一冊の写真集で、十代の終わりに、進学したものの物珍しい学校生活も終わり、何かとまわりに流されがちな毎日を過ごしていた自分には留って見る事の大切さと、後のサンパウロでの公演の原型にもなった流麗な文章に、心が洗われるような思いがいたしました。展覧会とは少し脱線しますが、同じモノクロームの写真ですので機会がありましたら、本展ご観覧後に図書館などで、お手に取ってみていただければ幸いです。