スタッフブログ:2014年08月

古くて新しいもの

書いた人:スピカ

 

 現在、吉祥寺美術館では「加藤まさをの乙女デザイン展 華やかなる大正抒情画家たち~夢二、かいち、華宵、春佳~展」が開催中です。【会期~9/15(祝・月)まで】
 私はつい先日、観覧してきたのですが、大正ロマンや、昭和モダン、童心主義など勉強になったことも多く、チャプターに記された解説にその時代を感じたり、観終えた後はなにやら展示室に包まれている空間に―ノスタルジーそのものに浸ってしまい―1つ1つの作品それ自体が小品だったこともあって、鑑賞記録を残そうにも曖昧なものとなってしまいました。そして自分が幼かった日のことを思い出しておりました。
 これは展示されていた事物・事象が幼い頃の記憶そのものとだぶって見えたというわけではもちろんなくて、(祖父・祖母の世代がまさにこの世代頃ではあったのだろうとは思うのですが、)自身が生まれてなかった時代の生活スタイルを探ろうとして、ノスタルジックな気持ちを得ることがあるとしたら、時代をいくら遡ってもこの辺りが限界だろうなと思うから、感じたのかもしれません。つまりそれは展示されている作品の多くは雑誌の装丁画、挿絵、レコードジャケット、楽譜、詩画集、封筒に画かれたアールヌーボー(植物文様)やアールデコ調(幾何学文様)のデザインをとってみても、今と遜色ないというよりは、レトロなもの、懐かしさを感じる原点がそこにあるということなのです。

 よくリバイバルブームという言葉があります。20~30年前に流行したものが、今になって新鮮に映り、もう一度流行のサイクルを繰り返すというものです。ただそこへいくと、大正ロマンや昭和モダンというのはいつまでも色褪せない魅力を感じます。関東大震災や、戦争によってその流行そのものが非常に短命にならざるを得なかった背景もあるのかもしれませんが、「レトロなんだけれども新鮮に映る」「新鮮なんだけれどレトロ」という境界線上を今なお、行ったり来たりします。だからとても不思議なのでしょう。

 余談ではありますが、私は大正の叙情画家と言えば思い出すのは、竹久夢二で、今回の展示にはありませんでしたが、「かげやとうろくじん」という影ふみをしている男の子の画が一番心に残るというか、ほっとする絵画としてかれこれ10年以上も前に観覧した記憶があります。またいつか観に行く機会があるだろうか、観たら、あの時見た感情がまた甦るだろうか、なんてことをふと思い返してみたりしました。

 


 

文学者たちの繋がり

書いた人:スピカ

 

宮沢賢治というと皆さんはどんな作品を思い出すでしょうか?おそらくは童話でしょうか。「注文の多い料理店」「銀河鉄道の夜」「セロ弾きのゴーシュ」etc。小学校の課題図書や教科者などでも採用されているものも少なからずありますので、一度はお手に取られた方も多いかと存じます。ほんのり懐かしく、時には不気味だったり、物語全体になんともいえぬ、ぬくもりを感じたり・・・色あせぬことのない不朽の名作だと思います。しかし、生前あまり知られることのなかった宮沢賢治という存在の普及に努めた人物が誰であるかはあまり知られていないので、今回はそんなことをテーマにブログを綴ってゆきたいと思います。

 吉祥寺シアターでは先月19日に発売となりました小池博史ブリッジプロジェクト『風の又三郎-Odyssey of Wind- 』で宮沢賢治の童話「風の又三郎」をモチーフとした舞台が行われることが決定しましたが、青年団の「暗愚小傳」(あんぐしょうでん)の脚本を読んでいたところ、思わぬ感じで宮沢賢治が舞台に登場することもありまして高村光太郎と宮沢賢治が実は面識があったのだということに今更ながら気づかされたのでした。史実としては、高村光太郎は第二次大戦中、戦火を逃れる為に生前親交のあった宮沢賢治の知遇を頼りに岩手に疎開していますし、これは単に互いに顔見知りであったということ以上のものを感じてしまいます。

さて、前回のブログでは千恵子抄を編纂し、解説文を寄せたのが草野心平であることを書きました。では、夭折の詩人であり、作家である宮沢賢治の存在を世に知らしめたのは?
他でもない草野心平の尽力があったからです。

高村光太郎が若き日の草野心平にとって物心ともに良き庇護者であり、また公私共に親交があったことは、知恵子抄にある解説のくだりを読んでもわかるのですが、このように意外な文学者たちの接点を知ることで、互いの関係性がわかり、点であったものが線上に繋がるのを感じました。
電話もまだ一般的には普及していなかった時代を想像すると、当時彼らは相手からの手紙や通知をどれほど心待ちにしていたのだろうか、またはどのような書面でのやりとりをしていたのだろうか、互いをどのように尊重し、意思や志を思いあっていたのか・・・想像すると興味深いですよね。

 青年団「暗愚小傳」のチケットは→こちら
小池博史ブリッジプロジェクト『風の又三郎-Odyssey of Wind- 』のチケットは→こちら



 

「おぼんろ夏祭り2014」無事完結しました!!

書いた人:バタコ

 先日、夏休み限定!吉祥寺シアター演劇部「おぼんろ夏祭り2014」の本番公演を無事行うことが出来ました!もともと天気予報では雨が付いていた8月24日でしたが、参加者の皆さんのパワーで雨雲を吉祥寺に寄せ付けず、いいお天気で本番を迎えることが出来ました!!もちろん、本番を楽しみに吉祥寺まで遊びに来てくださったお客様もたくさんいらっしゃいましたが、通りすがりのお客様もたくさん足を止めてご覧いただきました。本当にありがとうございました。
そんなパワー溢れる本番の様子を少しだけご紹介します!!

















































 “おぼんろメイク”と手作りの衣裳で舞台に立つ、参加者の皆さん!
素敵な笑顔と本番を本当に楽しんでいる表情がとっても印象的でした。舞台の間近で小さな子供達と一緒に本番を見守っていたのですが、子供達も夢中になって楽しんでくれていたようでした。暑い中、吉祥寺に遊びに来てくださった皆様、本当にありがとうございました!!
そして吉祥寺シアター演劇部2014に参加していただいた皆様、保護者の皆様、本当にありがとうございました。是非また吉祥寺シアターに遊びに来てください!! 

いよいよ明日は「おぼんろ夏祭り2014」本番です!!

書いた人:バタコ

 いつの間にか夏休みももうすぐ終わりです。ですがまだまだ暑い!!そんな夏の暑さにも負けないほど熱い夏を過ごす、吉祥寺シアター演劇部2014開催中です!!講師のおぼんろの皆さんと参加者の皆さんも毎日元気に本番に向けて全力で準備しています!踊りあり、音楽ありのエネルギー溢れる作品で、皆さんけいこ場を所狭しと走り回っています。

その様子がこちら↓








































写真からも溢れるエネルギーが伝わってきます。
「おぼんろ夏祭り」ですから、衣裳もセットももちろん手作り!!
おぼんろといえば…のあの“メイク”にも参加者の皆さんが初挑戦していて、とっても楽しそうでした!そのメイク講座風景の写真もあるのですが、それは本番のお楽しみに。発表会はどなたでも参加費無料でご覧いただけます。場所は吉祥寺コピスウッドデッキ(〒180-0004東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-5)です。演劇ファンの方も、演劇を見たことがないという方も気軽に楽しんで頂けるイベントです。開演時間は15時と18時30分です。上演時間は約30分程度を予定していますので、寄り道にもぴったりです。
皆様のご来場お待ちしております!! 

皆さんの高村光太郎像とは?

書いた人:スピカ

 

 「純文学」というのはどのようなものを指すのかということを時々ではありますが思うことがあります。
 純文学の定義のようなものを見つけるとするならば、時代に拠らず先駆的で芸術性を重んじる内容と言えそうですが、大衆小説と呼ばれるようなものにも、十分に作者の思想・信条が反映された娯楽性の高い作品も数多いように感じますし、作品がエンタテイメントに富んでいるからといって、現代においては既に明確に純文学や大衆文学と区分けすることが難しくなってきているような気もいたします。もちろん専門的に文学を学んでいる方にとっては、十分にそれらをカテゴライズすることは可能なのでしょうが、仮にそうしたものがあったとしても、もっと単純に主に戦前に活躍された作家と、現在、職業作家として活躍される方との間に大きな隔たりのようなものを感じとることが出来るような気がします。

 これは個人的に思うことの一つですが、戦前の作家を含めた芸術家はその人、個人の“生き方”と密接に関係しているのではないのかということが挙げられるかと存じます。もっといってしまえば、「画家」でも「詩人」でも「建築家」でも、その人が“生きる為の手段”としての労働ではなくて、ある職業がその人自身を表している、“生き方”であることが戦前の芸術家の要素には多分にあったように思うのです。

 先日発売となりました吉祥寺シアターで公演されることになる「暗愚小傳」は高村光太郎の生涯に関る内容で、私は刊行されている著作から脚本を既に読ませていただきました。これはもちろん高村光太郎という人をあまりよく知らなくても、理解できる話となっております。ですが事前に氏を私自身が身近な存在として捉えていたかどうかというとどうもそういうわけでもなく、通りいっぺんのことながら、智恵子抄における草野心平の詳細な解説を読んで、清廉潔白であったであろう人格者としての一面しか捉えていなかった気がいたしました。
 であるからこそ、脚本を読んで、自身で形成してしまった高村光太郎像とやや異なる印象に若干の違和感、戸惑いを覚えたのでした。これは何がどうというものでもないでしょうし、ただ私が不勉強なだけなのかもしれませんが・・・。

 公演を通して、高村光太郎という人はこういう人だったのかと思う方もいらっしゃるでしょうし、または全く逆に、自分の感じている高村氏はこういうものだと明確な信念をお持ちの方もいるかもしれません。しかし、そういった一個人に対する想いがある故に、一人の詩人、彫刻家としての魅力が増し、その生涯に迫ることが出来るのかもしれません。

 青年団「暗愚小傳」のチケットは→こちら



 

夏休み。


書いた人:しだた

 
 気がつくと早いもので、もう8月も半分が過ぎ去ろうとしています。8月31日までが夏休みという小中学生の方々は、残りが少なくなってきて宿題が終わってない!と焦り出す時期ではないでしょうか。学校を卒業して、学生の頃は夏休みがあってよかったなぁ~と羨ましく思いますが、思い返してみると夏休みはだらだらと無駄に時間を過ごして、終わり近くになって、後悔するということを毎年繰り返していたように思います・・・巷はお盆ということで、今朝の通勤時間帯の電車はいつもの平日と比べるとかなり空いていました。高速道路や新幹線は帰省する方々で混雑しているんでしょうね。
 

そんなことを考えていると、先日吉祥寺シアターの稽古場で行った『夏休み限定!吉祥寺シアターダンス部2014』に参加してくれた小学生の方々が底無しのパワーを稽古場で発揮していたのを思い出しました。夏休みというのは学生の特権みたいなものですし、良い思いでの一つになっていてくれればと願うばかりです。
 

 さて、吉祥寺シアターでは来月9月12日から21日まで公演を行うアマヤドリ『非常の階段』のチケットを現在発売中です。今年のアマヤドリは「悪と自由」のシリーズというテーマのもと三部作の作品を発表するそうで、今回『非常の階段』はその第二弾の作品にあたるそうです。ちなみに第一弾は小劇場としては異例の1ヶ月ロングラン公演を行った『ぬれぎぬ』という作品です。この作品は、アマヤドリの作品スタイルとしても異例で、音楽を使用していなかったり、アマヤドリの舞台の特徴ともいえるダンスや群舞が封印され、淡々と静かな会話劇で物語は進められていくのです。来月のシアターでの公演ではどのようなアマヤドリを見せてくれるのでしょうか、楽しみです。気になった方は現在武蔵野文化事業団でも前売チケットを発売中なので、チェックしていただければと思います→https://yyk1.ka-ruku.com/musashino-t/
 

ちなみに今回のチラシは、いつもアマヤドリのチラシビジュアルを担当されている山代政一さんという方によるもので、めちゃくちゃかっこいいので、ぜひ劇場などで見かけた際にはじっくりご覧いただければと思います。(色の基本が赤なのでよく目立ちます!)

 

 

 

 

チケット発売スタート!

書いた人:コモト


 コモトです。この土日の東京は雨模様ですね。さて、吉祥寺シアターでは今月頭より「ティーファクトリー」と「青年団」のチケット発売が始まりました!

・ティーファクトリー『生きると生きないのあいだ』
9月末より上演予定の本作、主宰の川村毅さんが約3年ぶりとなる新作書き下ろし+演出公演に挑まれるということで、見逃すわけにはいきません!また主演には映画・ドラマで幅広くご活躍されている柄本明さんを迎えてお送りします(楽しみです!)
コモトは一足早く戯曲を読ませていただきましたが、じっくりどっぷりと世界観に浸かれるような見ごたえのある作品になること間違いなしです。既に残券が少なくなっている回もありますが、お勧めは平日夜の公演です!是非良席でお楽しみくださいね。
公演詳細→ http://www.musashino-culture.or.jp/k_theatre/eventinfo/2014/06/post-26.html

・青年団『暗愚小傳』
そして10月より上演が始まるのが青年団『暗愚小傳』です。詩人・彫刻家として有名な高村光太郎とその妻・智恵子が過ごした日々を丁寧に描いた作品です。「智恵子抄」と聞くと馴染みのある方も多いですよね。本作では高村光太郎という一人の詩人が戦時下の中で守ろうとしたもの、想いとはなんだったのかを様々な登場人物との会話を通して描き出します。
こちらも残券の少ない回がございます。また今年も武蔵野市民のお客様には市民割引をご用意しています!整理番号順でのご入場になりますので、興味のある方はお早めにどうぞ!
公演詳細→ http://www.musashino-culture.or.jp/k_theatre/eventinfo/2014/06/post-25.html


■コモト、今日の一冊
なんと!今月号の雑誌『悲劇喜劇』にティーファクトリー『生きると生きないのあいだ』の戯曲が掲載されています!コモトも今知りました!笑 特集が“2014年上半期の演劇界の収穫”ということで、こちらも興味をそそりますよね。機会があれば是非手にとってみてください。

目線の高さと見える景色

書いた人:スピカ

 

アオスジアゲハが目の前をヒラリと舞う姿が目に付きました。薄い水色の羽を備えており、素早く飛び回る様が真に颯爽として格好がよい。卵をクスノキの葉っぱに産み、また幼虫の食草ともなるクスノキは都内でも街路樹としてよくあるケースですので、組み合わせではありませんが、舞っている姿をよく見かけるのです。しかし、とても動きがすばしっこいので昆虫に詳しくない方は名前を知らなければ仮に目の前を通り過ぎてもそれほど印象には残らないかもしれません。おそらくはネットや図鑑等で引いた後に、実物を見れば、あれ?と気づく方も多いかと存じます。                                         

ふと、2年前に古沢良太さん脚本で「幻蝶(げんちょう)」という作品が舞台化されたことを思い出しました。舞台は観れなかったものの、古沢さんが作品のプロモーションビデオで印象に残ることをおっしゃっていました。

「虫と言えば日本人はクワガタとかカブトムシであるとか区別がつく。英語で言えばみんなbeetleになってしまうのだけれど。蝶を見れば、あれはアゲハチョウだとかモンシロチョウだとか何種類かは結構な人がある程度言える。しかし、どうもこんなに虫に関心がある国民というのは、学者は別として世界でもそんなにいないのではないのか」

何かについて言葉がある、または言葉としてすぐに出てくるというのは、その言葉に対して、興味・関心があることにほかなりません。普段、自分の目線の高さだけからモノを見ていると、気づかないこと、気にはならないことということが世の中には山ほどあるものだということをよく実感します。

さて、本年も吉祥寺シアターダンス部が開講されましたが、保護者の方のアンケートを拝見いたしまして、日常では出来ないよい経験になった、よい夏の想い出となったなど多数ご意見が寄せられました。充実した5日間であったことが窺えまして本当にありがたいことです。演劇部も今月18日から23日まで(24日は発表会)の日程で開講されますが、生徒さんたちにとって得がたい夏の1ページになることを祈っております。発表会が終わる頃には日常では見えなかった風景がきっと広がっているはずです。


 

速度感覚と時間

書いた人:スピカ

 

アマヤドリの「非常の階段」が発売となり、ふと昨年吉祥寺シアターで行われた「太陽とサヨナラ」のことを思い出しておりました。

前知識としてもっていたのは当館の職員が記しましたカンゲキのススメ劇団HPのみでありましたが、感じるところが多々ありました。特にワークインプログレスで広田さんが質疑応答の際に本公演を書き上げた創作動機について語っていらしたことは、そのまま「途方もない時間と、遠すぎる距離」と台詞に反映されており、何度も頭の中で反芻してみました。

カンゲキのススメにある言葉を抜粋いたしますと作・演出をされた広田淳一さんはこれまでの自分の人生を振り返って見た時、この先も続いていくだろう自身の“人生の長さ”について考えたそうです。その出来事から、それよりもずっと永い時間と距離を歩んできた“太陽”というものについての話を描いてみたいと思ったのが創作のスタート地点だったそうです。

これを聞いて何故か思い出したのは“近代”というもののあり方とそれに付随してイギリスの近代の象徴である蒸気機関を描いたW.ターナーの「雨・蒸気・スピード・グレートウエスタン鉄道」という1枚の絵画でした。

そのこころはと申しますと、近代以前には「時間」という概念は一般には浸透しておりませんでした。つまり時計をもって人が何か行動をするという習慣はなかったのですね。(概念自体は人間が作り出したものですが・・・)

太陽が東から昇り、西に沈んでゆくのは季節によって時間が異なりますが、人間は明るくなったら活動し、暗くなったら灯りもないわけで、その時点で生産活動をやめるというのが一般的なスタンスでした。それが近代となりガス灯が発明され、また蒸気機関が発明される。今でこそ、列車のスピードは当たり前のようにそのまま受け入れてしまうのが我々の日常でありますが、当時、人々はどのようにこの先駆的な発明を受け入れ、速度というものを捉えたのかというのは想像に難くありません。時速何kmなんて表現をして時間×速さ=距離などという公式は小学校で習う項目の1つに数えられますが、疾走間を時間で表すという試みは相当に画期的な物事であったに違いありません。西洋史における近代とはつまりそういうことでした。ターナーという画家はそうした庶民が図り得ない速度間を絵画に落とし込むという実験を大気や風、雨粒の様子、光、それらがうねる様子から速度間を表したのです。

ふと、私の中で劇団のHPの載っている文言が浮びます。

「リズムとスピード・熱量と脱力を駆使して、「現代日本を生きる観客の最上の娯楽」であることを第一義として活動を行う。」(アマヤドリHPより)

これは単なる“偶然”なのかわかりませんが、この速度感と時間についての概念がずっと頭の中に残ったままです。

アマヤドリ新作公演「非常の階段」のチケットは→こちら