スタッフブログ:2014年10月

故郷の姿

書いた人:スピカ

 

 室生犀星の詩の一篇に「ふるさとは遠きにありて思ふもの」から始まる小景異情という作品があります。詩人の名はあまり馴染みがなくても、このフレーズはどこかで聞いた事がある方は多いかと思います。
 進学と同時に都内に出てきた私にとって、十代の終わりから頓に感じることの一つは、この場合のふるさとというのは、距離的な遠さではなくて、しいて言えば時間軸的な遠さもあるのかもしれない、日本人の精神性に組み込まれている典型的な概念の1つで、実際のふるさと=故郷というものとはあまり関係がないのでは?という気がします。というのも、学生の頃は用があって、少しだけ実家に帰ることを伝えたときなど、家から通う旧友の反応は一様に田舎があることは羨ましい(?)と興味本位で聞いてくるのです。田舎がよいという感覚はまさに未知の感覚でした。それは言ってしまえば極端かもしれませんが、たとえ首都圏に住む方にとっても地方に出れば今住んでいる家が実の家になるわけで、その場合、首都圏から出れば、誰にとっても今の家が田舎に他ならないのですから。

 ・・・しかし、これはきっとこれはそういうことではないのでしょうね。首都圏の人が思い浮かべる地方の姿とは、まるで年末に「ゆく年、来る年」で展開されるような冬になると雪深くなる山郷であったり、温泉であったり、夏になれば盆踊りやその土地ならではの夏祭りが展開されるようなそんな光景なのでしょう。そういう風光明媚で伝統的な家制度に支えられた穏やかな村社会というのも確かにあるのかもしれませんが、少なくとも私の周りにはそこまでのどかな光景はなくて、何にもない。何にもないことがよいのかもしれませんが、おそらくこれから過疎化と高齢化が進行する予感はあります。

 長いイントロダクションになってしまいましたが、こんなことを思いましたのも吉祥寺美術館で現在開催されている村越としや写真展「火の粉は風に舞い上がる」を観に行った感想とこの感情は微妙にリンクしています。人によって見方は異なるでしょうし、地方といっても都市部は異なるかとは思いますが、田舎とか故郷というものの実の姿とは、それほど口当たりのよいものではありません。だからといって重々しいと言うこともなく、取り繕うところのない福島の寒村の姿をありのまま見せられた気がしました。

吉祥寺美術館 村越としや写真展 火の粉は風に舞い上がる
2014年9月20日(土)-11月3日(月・祝)【会期中の閉館日:10月29日(水)】

 

 


 

価値観の違いをコミカルに

書いた人:スピカ

 

「話を聞かない男、地図が読めない女」という本がかつて10年以上も前にベストセラーになったことがありました。これは内容を簡単に申しますと、男性と女性で考え方や価値観がいかに違うのかということをいくつもの事例を用意して書かれたもので私も当時、書店に並べられた本を捲りながら、いわゆる「男性と女性の間で起こるあるあるネタ」(互いに接していてよく起こりがちな現象)を読んで納得したり、それは違うのでは?と疑問に感じたり、そんなことは自分の身近なところにはないし、意外だ。なんて思ったりしたものでした。しかし、こうした本がベストセラーになった背景には、人はカテゴライズする事で、(出身県であったり、血液型であったりしますが)自分との相違点を見つけることを面白がったり、会話の潤滑油になったり、納得したり、大概たわいもないことでありながら話のネタには欠かせない要素がそこにあるからかもしれないな、なんて思ったりもしました。

 前置きが長くなってしまったのですが、こんなことを思ったのも、当館で来月から公演されます「黄昏にロマンス-ロディオンとリダの場合-」の脚本を読ませていただいたからかもしれません。まっさきに感じたことはロディオンとリダという二人のご年配の会話劇を見ていると、男女が理解しあえない点、そりの合わない男女はここまで会話が成立しないこともあるのかという例をまっさきに描いていたからです。

もちろんある出来事をきっかけに2人は互いを知るということがこの物語の肝であることは申し上げておく必要はありますが、意外と人というのは、例えば30年も連れ添った夫婦であっても、お互いの考え方について初めて知ったという部分もあるでしょうし、または付き合い始めてひと月もしないうちに、相手の意外なところに気づき、たちどころにその人を理解したなんてこともあるのかもしれないな、なんてことを想像したりもしたのです。この物語にはそういう要素があります。つまり、ロディオンとリダの場合と副題がありますが、これは1つの例であって、あなたの場合は実はこんな風かもしれませんし、または実際はどうなのでしょうね?という問いかけのようにも思えてくるのです。

 さて、現在行われている青年団「暗愚小傳」も本日20日(月)の休演日を挟みまして、明日より公演が再開されます。開場方法については開演20分前より、A~Dまでのアルファベットのついているお客様を優先に、加えて番号順に並んでいただいてのご入場となります。ご来場前にお手元のチケットを今一度ご確認いただきたく、よろしくお願いいたします。
(※アルファベットのついていないお客様はその後でのご入場となります。ご了承ください。) 

 


 

シアターカフェの秋メニュー

書いた人:バタコ

 10月に入りシアターカフェでは新ランチメニューがスタートしました!












・ハヤシライス
・キッシュと自家製パンのプレート
がランチタイム12時~14時のランチタイムではドリンク付きで850円です!!

私のおすすめがキッシュです。












実はあまり食べたことがなく、おしゃれメニューだから食いしん坊の私にはちょっとハードルが高いなと思っていたキッシュ。でもシアターカフェの新メニューのキッシュを食べてみると…美味しい!!サクサクのパイ生地にトロッとした具が美味しい!秋の味覚きのこが入っていてこの秋にぴったりです。
シアターカフェにお立ち寄りの際は是非!!

 10月のシアターカフェのお休みは
6日(月)、14日(火)、20日(月)、28日(火)です。また、今月も12時オープンとなります。
ご来店の際はお気をつけ下さい。

 そして今月もBGM生演奏があります!!
10月16日(木) 17:00~ アマデュオスさん
10月30日(木) 16:00~ 西室良治さん
皆様のご来場お待ちしております。 

 

台風。


書いた人:しだた

 
 早いもので気がつけば、10月も半分が過ぎ去ろうとしていますね。そろそろスーツを出さないといけない季節になってきました。そうこうしているうちにコートも出さないと!という気温になってくるのでしょうか。今日の朝は台風が首都圏にも直撃するのでは?という予報だったので、電車が動いているかどうかかなり不安な起床だったのですが、どうやら夜中の間に過ぎ去ってしまったようです。先週も台風がやってきたので、ここ最近は天気予報を細かくチェックするようになっています。一応台風に備えてカッパと着替え一式を前日から準備していたのですが、使うことなく終わって何よりです。何事も早め早めの準備が必要ですね。
 

 さて、そんな中吉祥寺シアターでは、小池博史ブリッジプロジェクト『風の又三郎』の公演が終了しました。小屋入りと楽日の二度台風に挟まれた公演になりましたが(笑)本番自体にはそこまで影響なく終わりました。舞台自体もまさに風のように躍動感溢れる作品で、楽しんでいただけたのではないかと思います。
 

 そして休むことなく本日より青年団『暗愚小傳』の仕込みがはじまりました。公演は10月17日(金)から27日(月)までです。今回の作品は、詩人として有名な高村光太郎と妻・智恵子の生活を軸とした作品で、宮沢賢治や永井荷風などの作家も物語には登場します。また青年団はほとんどの作品が一幕で時間の切れ目なく物語が進行していくのですが、今回の『暗愚小傳』では珍しく、光太郎の生きた時代から4つの時期を抽出してそれぞれを描いています。普段青年団をご覧になっている方も新鮮に感じていただけるのではないでしょうか。
 

ちなみに公演後に行われる作・演出を務める平田オリザさんのポストパフォーマンストークですが、当初予定していた17日と18日の18時の回に追加して、19日18時の回でも開催することが決定しました!今からチケットを予約する方はぜひこの回をご検討いただけると幸いです。また25日には18時の回の追加公演も決定しています。前売チケットは武蔵野文化事業団でも18日18時の回以外はすべて各公演前日の16時まで販売しています→https://yyk1.ka-ruku.com/musashino-t/
また公演に合わせてカンゲキのススメも更新しているので、ぜひチェックをお願いします!

 

 

 

公演後のアフタートーク

書いた人:スピカ

 

 “アフタートーク”があるからその日を選んで演劇を観にいくというお客様はあまりいないのかもしれません。しかしながら、公演日程のうち、ご自身に都合のよい日にちを選んで、たまたまその日がアフタートークの日程に当たっていたというのは、私自身は、結構ラッキーと思ってしまうかもしれません。もし、舞台の内容が余韻を残すような終わり方で、なんとも消化しきれない想いを抱えていたままであったり、素晴らしい舞台でもう少し、その世界観にじっとしていたかったりするときであれば、なおさらその気持ちの持って行き場や指針を示してくれる、そう思えるからかもしれません。

そんなわけでアフタートークが聴けることのメリットってなんなのだろう・・・と改めて思いつくことを考えてみたのですが、おおまかに言えば1つは「楽屋落ち」が聴けるということと、もうひとつは、外からお招きしたゲストが自分にとっては大きな存在だったということもあるかもしれません。(場合によってはゲストと劇団との意外な関係性や接点を知ることができる。)

まず前者について申し上げますとそもそも「楽屋落ちって何?」と聞きなれない言葉を簡単にご説明する必要がありますよね。楽屋落ちとは舞台上では見ることのなかった素の役者さんの顔を知ることや、稽古を通して楽屋内の仲間など特定の人にはわかるけれども、通例、一般に観客にはお披露目しない創作の裏話などが聞けるなんてことを指すかと思います。

また後者の、ゲストが自分にとっては偉大な方であったという例で申し上げますと、公演中の小池博史ブリッジプロジェクト「風の又三郎」で私は10日の公演のゲストに今福龍太さん(文化人類学者・批評家)のお名前を拝見しまして、おおっこれはすごい方をお呼びしたものだなぁと個人的なことながら感慨しきりだったりしたのでした。

・・・といってもこれには若干の説明が必要となるかもしれません。昨年の暮れであったと思いますが、吉祥寺美術館で開催されていた「森山大道-モノクローム展」に合せて本ブログ上でもそのことについて書かせて頂いたのですが、実は私が写真に興味を持ったのは、「ここではない場所~イマージュの回廊へ」(今福龍太著)とそれに併せて写真家の東松照明「時の島々」(写真:東松照明 文:今福龍太)という2冊の本に触れ、詩的で流麗なリズムさえ感じさせる文体に心魅かれたからでした。

・・・というわけでしてアフタートークの回も含め、まだお席には若干、余裕のあるもありますので、ぜひともチケットをお求めいただければと幸いです。(小池博史ブリッジプロジェクト『風の又三郎-Odyssey of Wind- 』チケットのご予約はこちら