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おいしいご飯はチームをつくる!

 

 書いた人:めろん

 

 昨日より、サスペンデッズ第16回公演『夜と森のミュンヒハウゼン』上演が始まりました!!早速、アンケートなどでお客様から「泣けた~、感動した~!」といったうれしいお声をいただいております!

 

 公演情報ページカンゲキのススメで見どころなどはすでに触れられているので、あとは舞台を楽しみにご覧いただきたいと思うのですが、サスペンデッズが小屋入りしてから私が魅力的に感じていることがあるのでお伝えしたいと思います。

 

 それは・・“炊き出し”!!

 

 劇場に入るとスケジュールはぎっしり、いつ何が起こるか分からない・・という状態になるので、劇団側がスタッフさんや役者さんたちのご飯を用意するということがあります。これは主に劇団の制作さんのお仕事で、やり方は劇団によって様々ですが、お弁当を劇場近くのお弁当屋さんに発注して用意するということが多いです。だから、劇場には近隣のお弁当屋さん情報が劇団のために用意されていたりします。

 

 お弁当ではなく、劇団みんなで協力してご飯を作ることもあります。その、ご飯を作ることを、“炊き出し”と言うのです。本番直前の忙しい時間の合間を縫ってご飯を作るのはかなり大変だろうと思うのですが、ひとつの舞台に関わる人たちが、文字どおり「同じ釜の飯を食べる」というのは、チーム!!!という感じがしていいですよね!

 

 サスペンデッズは炊き出しをしていて、お昼前や夕方になるといいにおいが劇場の事務所まで・・・。「みんなでご飯を食べているんだな~いいな~」と、こっそり羨ましく思っておりました。そんなチーム・サスペンデッズ、舞台上でも素晴らしいチームワークを見せてくれると思います!!各回当日券も出るようですので、ぜひぜひ吉祥寺シアターまで足をお運びください!

 

チケットのご予約はこちらから→https://yyk1.ka-ruku.com/musashino-t/

または0422-54-2011(9:00~22:00まで) 

 

 

オーストラ・マコンドー「家族」公演に向けて(小津安二郎映画より:俳優編)


書いた人:スピカ


 本日、劇団オーストラ・マコンドーによるプレイベント「東京物語を読む!」のワークショップが開催される運びとなりました。ご参加頂いた皆様ありがとうございました。17時からの参加者による発表会の観覧は無料となっておりますので、ご興味のある方はぜひとも吉祥寺シアターまでお越しください。また「東京物語」をもとに同劇団、倉本朋幸さん脚本・演出による「家族」の本公演が3月にございますので観劇をご検討頂ければ幸いです。

 さて、新年が明けて、新聞を読んでいると脚本家の山田太一さんの朝日賞受賞の報が眼に飛び込んできました。山田太一さんと言えば、少し前のことになりますが私は講演会でお話を拝聴する機会がありました。講演の中では(フリーとして活動を決めた際に)笠智衆さんを主軸に据えて脚本を書いてみたかったというお話が今でも印象に残っております。

 その場にいらした聴衆は20-30代が中心だったため、おそらくは「リュウチシュウ」という響きに“誰だったかその俳優さんは?”という方もいらしたかもしれません。

 お顔が分かればそれと知れるのに、名前が出てこない、笠智衆さんは若い世代にとってはそんな俳優のお一人かもしれないと私は勝手に思っていたりします。

 笠智衆さんは戦後の小津映画には欠かせない俳優の一人です。「東京物語」をはじめ、多くはご年配の、老父役を演じたことで知られます。88歳まで現役を貫かれた方ですので、まさに役柄の年齢に実年齢が徐々に追いついていったような人生を歩まれたように思います

 ちなみに山田太一さんが脚本を務めた笠智衆作品というのはどういったものだったのか調べたところ「ながらえば」「冬構え」「今朝の秋」など1980年代にNHKで放映されたもののようですね。いつかDVDで鑑賞したいものです。

 さて、その中の一本に、田舎に隠遁していたご老人が都内に住む一人息子の死が近いことを知り病院に駆けつける・・・と「今朝の秋」の解説文にありましたが、これは確か、内容は逆で、息子が田舎の父親の元へ戻ってゆくというものがあったなとデジャヴュのようなものを感じたところ、2008年に民放で放映された「風のガーデン」(倉本聰さん脚本)で演じた緒形拳さんの姿でした。笠智衆と緒形拳、活動された期間は少し異なりますが、俳優のあるべき境地として緒形さんが笠智衆さんの名を挙げていたことは意外に知られていないことかもしれません。詳しくは『SWITCH STORIES 彼らがいた場所』新潮文庫 の笠智衆の章、並びに解説にその詳細が書かれてあります。

そんなこともあり「風のガーデン」と聴くとこの作品が遺作となった緒形拳さんと笠智衆さんの姿がダブって見えてしまうことがあります。 

時の振り子

 

 

書いた人:スピカ

 

およそ10年前に買った時計が急に止まってしまったので、電池を換えに行くことにしました。店の従業員の方が使い込まれた時計を見て

「これ・・・いつくらいに(電池)交換しましたか?」

「10年くらいもちましたかねぇ」

なんてやりとりのうちに、そんなに内臓バッテリーがもつものなんですか?

と店の方に驚かれはしましたが・・・。

 

 以前、当ブログにも十年一昔、英語ではdecadeですね。などと物知り顔で申しておりましたが、改めて電池を入れ替えた時計を手にすると、止まっていた時が動き出したかのようで購入したときから数えて十年という“時”の、歳月の重みを持っていったときよりも治したものを持ち帰るときにズシリと感じました。

 そんなこともあってかTVではつい少し前にあった今年の成人式の様子などを見ておりましたら、ある小学校の先生が、教え子たちの10代を撮ったビデオ録画を本人に見せるという試みに眼がいき、改めて10年という時間の重さを思いました。言うまでもなく10代(子ども)の十年と20代過ぎてからの(十年)では意味が大きく違いますけどね。・・・既に成人式なんてあったのかというくらいに歳を重ねてしまいましたが、自分にとっての貴重な想い出や価値観は変えずにブレイクスルーできる術を私自身も身につけたいものです。

 

 さて前置きが長くなってしまいましたが、吉祥寺シアターでも昨年の内はまだまだ先のことと思っていた1月の催し物が本番を迎えることになりました。

 まず劇団オーストラ・マコンドーの3月公演「家族」の、プレイベントとして開催される1月18日(日)17時からの「東京物語を読む!」(リーディングイベント)参加者による無料成果発表会、続いて、24日(土)からはサスペンデッズによる公演「夜と森のミュンヒハウゼン」です。

 サスペンデッズの公演を含め吉祥寺シアターの事業団、チケットの前売りに関しましては回によっては若干枚数となっているものもありますので、ご興味のあるお客様はお早めにご予約をお願いいたします。(チケットのご予約は→こちら

  

サルスベリ

 

書いた人:スピカ

 

サルスベリという花木があります。で、これはその名の通り、幹がつるつるしていることから、猿でも昇るのには苦労するという意味でこの名前がつけられたということもありますが、もうひとつは別名「百日紅」と言って、およそ夏の百日の間ずっと長く咲き続けるからそのような名前が付けられたそうです。しかしながら実際には一度咲いた枝先から再度芽が出てきて花をつけるため、ずっと咲いているように見えるそうです。なんとも逞しいものです。

 

 そんなことを考えておりますと、劇場というのも、ずっと咲き続けるとまではいきませんが結構、この植物的なところがあるなぁなどと思えることがあります。つい昨日まで人で賑わいを見せていたのに、今日来てみると“兵(つわもの)どもが夢の跡”(?)連日、たくさんのお客様がいらしたかと思うと、公演のない日には黙々と仕込み作業に入ったり、また保守点検日などは非常に閑散としたものになります。ただそうはいってもこの間隔というのがきっと短ければ短いほどコントラストを感じやすいものではないのかとも感じます。

 吉祥寺シアターでは本日、劇団SCOTの楽日となり、年内の催し物は終了となり29日(月)より冬季休館に入ります。

下記に年末年始の開館日程を設けましたので、参考までご確認ください。

(武蔵野文化事業団チケットお引取りの窓口の時間帯も同様の日程となりますのでご注意ください。また窓口には閉館30分前までにお越しください。)

 

それでは皆様、よいお年をお迎えください。そして来年も吉祥寺シアターでの観劇をお楽しみください。

 

<年末年始の開館日程>
○12/28(日)9:00~17:00
○12/29(月)~1/3(土)冬季休館
○ 1/4(日)9:00~17:00

  • 5日より通常開館 

 

hommage(オマージュ)

 今から15年位前だったと記憶しておりますが、邦楽のミュージシャン(主にHIPHOPやR&Bの歌い手)たちは一時期、好んでコラボレーションやセッションといった意味合いで曲のタイトルにfeaturingとかwithとかいう文言を使っていたような気がします。andとwithの違いというのはA and Bときた場合にはA=Bで同格、もしくはAがメイン。A with Bの場合にはA ≧Bの関係が成り立つとは通説ですが、なにやらそんなことを聞いてしまうと、withの後にお名前、なんてときは、「気持ち的にはandなんだけどなぁ」なんて方もいるんじゃないだろうか?と思ったものでした。

 言葉より先に関係性のことが先に浮んでしまいますが、後から語義を知ってなるほどと思ったこともあります。

 それと同じように、言葉としてなんとなくはこういう意味なのだろうなと類推はできるのだけれど、よくは理解できていない外来語というのは、日常に使われているような気もします。

 例えば、クラシック音楽やロック、絵画、建築などの芸術分野ではフランス語の「hommage(オマージュ)」という言葉が使われることがありますが、これなどは聞きなれないと一体何を指すのか分かりません。回答から先に申し上げますとこれは英語で言うところのrespectに当り、先達の作品に対する献辞なんて訳されることがあり、転じて、インスピレーションを受けて製作された作品対象そのものにも向けられたりします。

 そんなこともありまして来年3月に吉祥寺シアターで開催されますオーストラ・マコンドーの新作公演『家族』も副題に“小津安二郎に捧ぐ”とある通り、まごうかたなき「東京物語」のオマージュと言えそうです。ただ「東京物語」に関して言えば、山田洋次監督の「東京家族」をはじめ、設定に影響を受けて制作された映画監督はいらっしゃいますし、間接的にせよこの映画をモチーフに家族の関係性を描いたというと演劇・映画を問わず他にもあるかもしれませんね。

 さて、本日より12月26日まで吉祥寺シアターでは、劇団SCOTによる『トロイアの女』『からたち日記由来』がはじまります。

 お客様より、何件か上演時間についてのお問い合わせを受けておりますので、この場を借りてお伝えいたします。

  各公演(トーク)の上演時間 

   『トロイアの女』・・・1時間10分

   鈴木忠志によるQ&Aトーク・・・約25分

   『からたち日記由来』・・・1時間

  →2公演連続しての回もありますが、上演中の途中休憩はありません。

 しかし「トロイアの女」終演後5分間の間、また公演を挟むトーク中の会場内の出入りは自由となっております。

 

お客様のご来館を心よりお待ち申し上げております。 

「東京物語」

書いた人:スピカ

 

 吉祥寺シアターでは来年3月の劇団オーストラ・マコンドーの公演に先駆け、来月18日に武蔵野文化事業団と同劇団主催で「東京物語を読む!」のリーディングプレイベントを開催いたします。先着30名となっておりますのでご興味のある方はぜひともご参加いただきたく、よろしくお願いいたします。

 さて、「東京物語」と聞いて、いったいどれくらいの方が映画をご覧になったことがあるか?やはり邦画でもクラシック映画好き、もしくは映像に関する専門学校や、大学の映像学科などでご覧になった方を除くと、いくらレンタルで借りられるとはいえ、そう多くはいないかもしれません。

 黒澤明と並ぶ日本映画界の巨匠・小津安二郎監督の代表作、世界の映画監督が選ぶ名画100選には必ずその名がランクインすると聞くとご覧になった方以外は一体どれほど素晴らしい作品なのだろうとお思いになる方もいるかもしれません。しかし映画手法の賛否に関わらず、内容は一貫して東京にいる子供が家族という制度から離れてゆく無情、老夫婦の悲哀、人間の孤独を描いた内容であり、どちらかというと一家団欒で楽しめるといった内容かどうかは難しいところです。
 …皆が揃って楽しむような映画ではない?それでは何故、この映画が世界を代表する金字塔として今でも君臨するのか、そのことについては若干説明がいるでしょう。少々、脱線もあり、異論もあるかもしれませんが、関係のあることなので以下、私なりに綴ってゆきたいと思います。

 市井の人々や細やか名人情の機微を描くことで定評のあった90年代のサントリーオールドのCMや「東京夜曲」などの映画を製作されたCMプランナー、映画監督として著名な市川準監督は、生前こんなことを言っています。
 「僕の映画は、最終的には、孤独な誰かに届けばいい。そういう想いが背景にはあるのかもしれない」

 これは市川さんの作品のみならず、様々な映画作品、演劇作品にも言えることだと思いますが、結局、見て感じるのは自分自身です。皆で楽しめる娯楽作というのも確かに多く存在しますが、心の琴線に触れる映画や文芸作品というのは、心のうちに響くものが占めています。ただ内容が観念的であるほど、描かれる世界観に善、悪がはっきり描かれません。そもそも具体的な台詞で発せられない。ゆえに作り手の「こうあるべき」というメッセージが明示されない分、戸惑いが多いのです。
 これは当館に観劇にいらしたお客様のアンケートにも記述があったことですが、人は感じるものが多いときほど、大切なことはいつも見えづらいと感じるものです。
 しばらくして闇の中で(心のうちに)ポッと小さなあかりが灯るように気づくものなのでしょう。

 

劇場の神様

書いた人:スピカ

 

 少し前に新宿に出る機会がありまして、靖国通り沿いが、大変な賑わいなので、何の縁日かと思って見ていると、11月には恒例の「酉の市」が花園神社で開催されていたのでした。
 酉の市と言えば熊手のお飾りでして、主に商売をされている方がご購入されるようで、本来は一般の勤め人などは関係ある行事なのか?疑問に思うこともあるのですが、たくさんの煌びやかな熊手やそれにも増して境内を埋め尽くす飲食の出店を見ておりますと年の瀬の賑わいを感じます。このような光景は、私の生まれた地方ではあまり聞いた事がなく、都内に出てきてから知った催しではありますが一気に年の瀬が来た趣を感じさせますね。
 そういえば、熊手のような縁起物ではありませんが、神社、神事ということで繋がりがあるとすれば、劇場にも毎年12月も中旬になると神様の交代が行われます。平たく言えば、劇場に掲げてある一年間お守り頂いた神札(しんさつ)を元のお宮に返納し、代わりに新しい御札をお招きし掲出するのです。一年間、何事もなくお客様をお出迎え、お見送りできたことに感謝し、また一年、気持ちを新たにすることは毎年恒例とはいえ、劇場にとっては大切な神事と言ってよいと思います。一見、何事もなく一日、一日が過ぎてゆくようでも、日々の営みには意味があることを教えてくれます。我々スタッフにとっても怪我や病気に苛まれていては仕事になりませんから、今年一年、何事もなく過ごせたということはそれだけで「幸福」なことですね。

吉祥寺シアター公演情報
 来月5日(金)からのデュ社「ふたつの太陽」に関しましてアフタートークのゲストとお時間が確定しましたので、お知らせいたします。
○5日(金)19:30
port B主宰 高山明氏 × 向雲太郎
○6日(土)19:00
向雲太郎 × 川口隆夫 × 小栗雨吉(ドラマトゥルグ)
終演後、30分~40分を予定しております。
※別日をご覧頂いたお客様も半券を御持ち頂ければ、ご覧頂けますのでよろしくお願いします。

また、本公演に併せましてカンゲキのススメも更新しましたので、舞台を観る前にご一読頂ければ幸いです。

 

decade

書いた人:スピカ

 

 英単語で10年(間)は「decade」と言います。カタカナ表記にするとディケイドが適当でしょうか?皆様、ぜひとも10年はでっけいど(でっかいぞ!)とでも覚えましょう。
 …で、何故このような書き出しからはじめたのかと言いますと少しだけ理由があり、やはり10年という年月はやはりでっかいねと駄洒落とはいえしみじみ思ったからです。

―先月のことです。
 「黄昏にロマンス」の公演の問い合わせ電話を受けていたところ、
「実は前にもう30年は前かしら? “ターリン行きの船”って言って、キャストは今回のお二人ではないけれども設定は全く同じで、たしかその時も同じ舞台を観に行ったのよ。だから、今回もとても楽しみにしているの」
とご丁寧に私に説明してくださる年配のお客様のお問い合わせを受けました。
「確かにこの作品は随分以前に公演されたことがあったようですよね。ぜひ観にいらしてください。」
とその場はそのまま受話器を降ろしたのですが
さて・・・と業務に戻ろうした刹那、今から30年以上も前の舞台のこと?このお客様はそんな昔のことまで大切な記憶として温めていらしたのか!と内心驚きで一杯であったからです。
皆様、たとえば30年前どうしていたかとか、または逆に今から30年後、自分はどうなっているか覚えていたり、想像がついたりしますでしょうか?
そんなことを考えていると少し事情はかわってしまうかもしれませんが、私も似たようなことであれば、体験だけはしているかもしれません。ネットでモノを調べることができる時代になって随分世の中も変わったものだと「今浦島」を唱えるほど時代錯誤のことは言いませんが、時々、自分がまだ子どもであったころ、読んでいた本であるとか映画のことを調べてしまうことがあるのです。それは当時の世間的な評価がどのようであったかとかリアルタイムの情報を知ることができたり、作品レビューを読んでみたり、今になってから記憶の確からしさを追認する作業と似ているのかもしれません。
まぁそれはさておいても、自分の30年後は・・・と思い浮かべても、「さて・・・」と答えはないままではありますが・・・。 

 


 

移ろいゆく季節

書いた人:スピカ

 

 今年も残り一月半となりました。早いですね~。一年ってあっという間だなぁと、自宅で書棚の整理をしていたところ、学生の頃、読んだ本をもう一度手に取る機会がありました。美術評論家である椹木野衣の著作で「平坦な戦場でぼくらが生き延びること(筑摩書房)」の中に「私たちの記憶に残っている風景というのは見えるものを手立てとして、実はその中の意味を見ているもかもしれない。」という趣旨の文言で、時節柄感慨深く思いました。これはつまり、些細な事ながら夏から秋、秋から冬といった変化にも応用が可能で、例えば衣替えで周りがネクタイを締めるようになってはじめて秋が深まったことを感じ、冬物のコートやマフラーを用意したりとか、今日は寒いから鍋でもつつくかと肘を組んで寒い寒いとポーズを取ることってありますよね。我々の意識というのは、実際の暦の変化よりも「目にはさやかに見えねども」の変化の世界で生きているのであって、型どおりに意識の変化が追いついているというよりは、五感を通じてふとした瞬間に秋だなぁ、冬だなぁなんて気づき、思い出したかのように昨年はどうしていたかと記憶の連鎖が続くような気がいたします。

 
 ふとそんなことを思ったのも、当館では9月よりアマヤドリ「非常の階段」にはじまり、つい先日まで公演のありました「黄昏にロマンス」で今年度の秋の協力・提携公演が一区切りついたということもあるかと思います。晩夏にアマヤドリの稽古場見学に行かせていただいた際には半袖で十分だったのに、あっという間に11月も中旬となり、気温の低下と日の短さを感じたのが、実に「黄昏にロマンス」の楽日のことでした。

 さて、そろそろ年末に差し掛かってきました。来月は 5日(金)~7日(日)のデュ社旗揚げ公演「ふたつの太陽」、そして毎年恒例劇団SCOT「トロイアの女」、「からたち日記由来」19日(金)~26日(金)の公演が控えております。
 2公演とも、お時間がありましたら、ぜひとも吉祥寺シアターまで足を運んでいただければ幸いです。

 


 

悲しさ半分、喜び2倍

書いた人:スピカ

 

 吉祥寺シアターで公演中の「黄昏にロマンス」の公演も中日を過ぎ、今日を含めて、残り4日間の公演となりました。今日、明日とご来場のお客様には、岐阜県可児市の物産展もあります。そちらもぜひお立ち寄りください。
 

 さて、ゲーテと並び称されるドイツの詩人であり劇作家としても名高いシラーの言葉に「友情は喜びを2倍にし、悲しみを半分にする」というものがあるそうです。おそらく学生の頃に、何か部活動に打ち込まれた方には、こうした言葉って共に歩んだ仲間との繋がりや絆っていくつになっても身に染みてわかるのだろうなぁ・・・なんて解釈していたのですが、これは”友“という部分を言い換えて、ご結婚をされた方にとっては生涯の伴侶や家族に対しても当然言えることにも気づきます。今、公演中の「黄昏にロマンス」も、(夫婦という設定ではありませんが)あくまで脚本を読んだ限りのことですが、これに通底するものを感じておりました。ただ、今月号のシアターガイドに主演お二人の対談が掲載してありまして、渡辺美佐子さんが、「戦争の傷跡を知っている世代の悲しみを含めて、単にラブロマンスというのではなく、孤独な二人がすれ違いながらも寄り添って行く過程をお客様に観て頂けたら」とおっしゃっていたのが印象に残ります。そこで、ほんの少しだけ、自分なりの解釈ではありますが、この言葉が劇を読み解く鍵になればと、1冊の本を紹介したいと思います。

 
 「孤独」とは一体何であるのか?ということについて、劇作家の鴻上尚史さんは「孤独と不安のレッスン」(大和書房)の中で、人間は生きている限り、孤独と不安に苛まれながら生きているもので、どうにかして輪に馴染じみ、気を紛らわせるよりはむしろ孤独と真に向き合うことで人との付き合い方も変わるものだと。また、人と人とは分かり合えるのが当然だという意識を捨てること。そもそもが分かり合えないからこそ、分かり合おうとするものだと意識をシフトするよう勧めております。これって劇中のロディオンとリダそのものかもしれないなんて重なるものを感じます。もちろんこの考えが全てとはいえませんが・・・。

あっ・・・昔読んだ本の中で恋愛に対しての印象深い箴言(しんげん)をひとつ思い出しました。
最後に1つ
 「恋愛の最初の一歩はインスピレーションである。しかしその後の長い道程は忍耐と容認にある。」
                      「過ぎ行く風は緑色」倉知淳 創元推理文庫