文化系のバレンタインデー

 
投稿者:ひよこちゃん


昨日はバレンタインデーでしたね。
私はたまたま仕事が休みだったので、デートをすることもなく、朝から自分のために米を炊き、料理(鶏肉と玉葱と茄子の和風煮)を作り、その後夕方過ぎまで正座して読書をするという、文化系に相応しい1日を過ごしました。チョコは自分で買って食べました。


・・・・・・皆さまはいかがお過ごしでしたでしょうか?


さて、私は文化系の1日の締めくくりとして、ミクニヤナイハラプロジェクト「静かな一日」の初日にお邪魔してきました。結論から申し上げますと、素晴らしい舞台でした。ミクニヤナイハラプロジェクトの矢内原美邦さんは昨年の岸田國士戯曲賞受賞者の1人ですが、その受賞作『前向きタイモン』よりも2歩も3歩も進化した作品だと、個人的には感じました。

 
 
矢内原さんのこれまでの作品のイメージは(全てを拝見している訳ではないのですが)、個人の文脈の中での言葉・身体が怒濤の勢いで溢れてきて、それにおぼれそうになって息が苦しくなる、なのに気持ちいい、みたいな他にはない不思議な感覚があり、どちらかといえば彼女の戯曲からは(岸田國士戯曲賞受賞者を評するのには失礼かも知れませんが)、「文学性の否定」みたいなものを感じていました。圧倒的なスピード感・情報量の前で言葉の意味は流れていき、そこにはただ表象的なイメージがあって、しかもそれがもの凄い勢いで提示され更新されていく、戯曲単体としては、さぞかし昔ながらの文学の信奉者からはウケが悪いだろうと思っていたので、岸田賞受賞はちょっとびっくりしました。(裏を返せば、芥川賞審査委員みたいに昔ながらの文学青年は岸田賞の審査委員にはいないのでしょうね)


今回の作品はどちらかといえば、その路線とは少し変わったように感じました。
もちろん以前までのような部分が多々残っています。でも、時々もう少しその場に留まって、言葉の中に、言葉が紡ぐ意味の中に深く潜ってみよう、そんな意図を感じました。
最近のひよこちゃんは現代美術にはまっているのですが、近代以降の芸術が(美術に限らず音楽なんかそうですが)自らを歴史の文脈の中に位置づけ、常に自己定義というかその立ち位置を、そしてその革新性や真正性を求められる中で、矢内原さんが、演劇という範疇だけに留まらず、アート、さらにそれを超え出て社会の中で、この「静かな一日」という作品が(そして矢内原さん自身が/ミクニヤナイハラプロジェクトが)どのような立ち位置にいるのかを表明しようとする意志を感じ、私としては「ああもうこれは現代アートだなあ」と感じながら観させていただきました。


と、ちょっと真面目で堅苦しいご紹介になりましたが、小さい家の模型が200個ほど並んだ舞台美術(上の写真参照)やら、舞台演出上大きなキーになる映像やら、スタッフワークも素敵な舞台作品でした。70分くらいの短い作品ですが、頭の横で銅羅をガツーンとハンマーで打たれてその共振に襲われたような、強い刺激を受けて暫く興奮で頭が心地よい混乱に巻き込まれた体験で、こういのって年100本くらい観てても滅多に味わえません。


文化事業団でのチケット取扱は終了しておりますが、明日以降の前売券はまだこちらでお買い求めいただけます。当日券も完売の回も含め毎ステージ出ますので、この週末ぜひともミクニヤナイハラプロジェクトの新境地「静かな一日」へお越しをお待ちしております。迷われたら矢内原美邦さんのインタビューや予告映像も併せてどうぞ。(但し、インタビューはややネタバレというかストーリーへの言及があります。知りたくない方はご注意下さい。)


インタビュー1(伊丹AI・HALL):http://www.aihall.com/drama/24_mikuni.html
インタビュー2(ぴあ+):http://pia.cloudapp.net/index.aspx?u=pia&fid=13013002067&bkurl=http%3A%2F%2Fcinema.pia.co.jp%2Fweekly%2F


予告映像