スタッフブログ:2013年03月

武蔵野チラシの生原稿

投稿者:I.D

面接の時、一番始めにDirector's Choice氏に聞かれたのは「ボルドーとブルゴーニュ、どっちが好き?」でした。その時はDirector's Choice氏がワイン・ファンであることはもちろん、音楽界でどのような業績がある人かもよく知らなかった私ですが、彼のもとで働くことになり、事業団在籍最終日の本日もビシバシとしごかれておりました。そうDirector's Choice氏は最後の最後まで、仕事に関して一切の妥協のない人なのです。

 

あの武蔵野チラシ、以前はDirector's Choice氏がワープロでパタパタと打っていたのですが、最近は手書き原稿を書き、私がタイピングしていました。

最初、「これ打っといてね」と原稿を渡された時に驚いたのは、原稿を書き直したあとがほとんどないのです。Director's Choice氏の頭の中では、文字の大きさなども含めてチラシの完成図が見えているようなのです。

 

私は、モーツァルトを描いた映画『アマデウス』の、モーツァルトの妻コンスタンツェがサリエリに、モーツァルトの楽譜を見せるシーンを思い出しました。サリエリが楽譜を預かると言うと、コンスタンツェがこれはオリジナルだからダメだと言う。サリエリは、その楽譜がオリジナルなのに、直した跡が全く無いことに衝撃を受けるのです。モーツァルトは楽譜が頭のなかで出来上がっているのか、と。

 

Director's Choice氏のようなことが出来るのは、Director's Choice氏しかいないかもしれません。しかし私たちは幸運にも彼から多くのことを学ぶことができました。4月からは、残った私たちが全力で事業に取り組むので、武蔵野文化事業団事業を末永くよろしくお願いいたします。

 

 

線路は続くよどこまでも。

投稿者:あ・と・お
 
春は異動の季節。昨日のブログのとおり、武蔵野名物Director's Choiceが市役所に戻ることになりました。そう公務員だったのです。いつかこういう日が来るだろうとは思っていましたが、今年でした。
 
振り返ってみると、十数年前(いや、もう20年前ですかね)、その頃大学生だった私は、何かの拍子で武蔵野主催のコンサートのことを知り、いつしか自転車で通うようになっていました(最初に来たのが何のコンサートだったか、はっきり思い出せないのですが…)。
 
やがて、“あの”チラシの束が私の下宿にも送られてくるようになりました。白いコピー用紙にワープロ文字。ガリ版かと思えるような印刷。徹底的にコストダウンしている感と手作り感。他のコンサート会場では見かけない名前の音楽家たち。チラシから溢れる独特な言葉の数々。聴きごたえありそうなプログラム。しかも低料金。すべてが不思議でした。昨日のブログにもあったトラジコメディアのチラシが入っていたのも覚えています。
 
1日でドビュッシーのピアノ作品全曲演奏なんてコンサートにも来ました。鈴木雅明さんのバッハのシリーズもありましたね。これも今や武蔵野名物になっている藤原真理さんのバッハ全曲演奏会にも来ました。バルトルト・クイケンのマスタークラスの後で、私「クイケンに会ってみたいんですけど」⇒「どうぞどうぞ」という会話を交わしたのが、Director’s Choiceだったのかなと思います(でも、別人だったかも)。
 
たまたまバイト先で広げた新聞に職員募集広告を見つけて応募したところ、何かのご縁でここで働かせてもらうことになりました。といっても、コンサート通いとコンサートを企画・制作することは全く別物。社会経験も乏しく、右も左も分からない私は文字どおり一(いち)からビジバシしごかれました。
 
すべては“あの”チラシから始まりました。
 
さあ、思い出話はここまで。
 
Director’s Choiceが降りても、そのスピリッツを載せながら、列車は走り続けます。でも、レールが敷いてあるわけではないので、道なき道を、野を越え山越え谷越えて、スタッフみんなで歩いていきます(私の後にもユニークな職員が入ってきました。4月にもひとり加わります)。今後もこれまでと変わりなくご愛顧ください。面白いこと、いろいろ考えています。
 
 

お別れのブログ

投稿者:Director's Choice


Director's Choiceこと栗原一浩は、21年間の文化事業団での仕事を終え、市役所に戻ることになりました。時間の列車を一人降りることになりました。また新しい旅に出なければなりません。お別れです。
 
  
文化会館に私がやって来た時は、市民の方のアンケートに「もう見捨てました」と書かれるほど人が入らない状態でした。事業計画を立て直し、失ったお客様に戻ってきてもらう(会館オープンの時はたくさんの方が来て下さったのです)ため、毎日毎日お客様にいらしていただくために何でもやりました。三鷹の駅前で土下座して「チケットを買って下さい」と頼もうと何度も考え、3年間くらいは毎日熱が37℃くらいありました。都心のホールとは違う、暖かく演奏家に力とエネルギーと愛を贈ることができる聴衆を作ることが目標でした。
毎年コンサートにいらして下さるお客様が増え、いつの間にかチケットが買えなくてお叱りの電話をたくさんいただくような会館になっていきました。


初めはこんな激安王になるつもりはありませんでした。「東京なら○○円、武蔵野なら□□円」というコピーを書いたのは、トラジコメディアという古楽グループの公演がキッカケです。招聘元の社長が、「カザルスホールの5千円はおまえのホールの2千円より安いんだよ。そのくらい武蔵野はダメなんだ」と言った時でした。
そうかなあ・・・じゃあ、チラシに書いてみよう。安いと思って来て下さるかも知れないもの・・・と考えたのでした。


その後、数え切れない方に助けていただきました。やがて自分も人並みに歳を重ねるごとに、人を助けるために仕事をするようになりました。「世のため、人のため、自分のため」に生きなさいと、私に言ったのは、若くして医者を廃業した柳沼医師でした。
海外の超一流マネジメントと仕事をするようになると、日本人の誇りを胸に信頼関係を築いてきました。決して不可能と言わなくなりました。どうしたらできるかを考えるようになり、「信じて」ドアを開けるようになりました。人としての成長以外、世界を相手に仕事ができないと考え、朝から寝るまで勉強を続け、こんなにワガママな人間である僕も「おまえとは仕事ができる」と初めて会って言われるようになりました。
こうして世界中から、演奏家がやってくるようになったのです。


最近はやっと自分のことが少し分かってきました。僕はファンタジックな人間で、音が物に見えます。アルゲリッチが弾けば、音が魚になって鍵盤を飛びだし、シュタットフェルトがバッハを弾けばホールは桜の花で溢れます。天と地のエネルギーを集めて力をもらうようになると言っても理解してもらえる人に出会い、心は安定し強くなりました。この世に存在する"神の手"と呼ばれる人たちには及ばないかも知れませんが、全てを藝術にかけて、人のために生きられるようになりますようにと願ってきました。


最近やっとお客様に最高の寿司を出すように心をこめて一つ一つのコンサートをお出しすることができるようになりました。そして、世界が美しさと奇蹟に満ちて、輝いているような気がしています。
この仕事に就いた時は自分の知識や引き出しの少なさに、自分にガソリンをかけて火をつけるような幻想の中でものを作りました、命を削って。
けれども最近は、幻想の扉を開けて、沢山の美しい奇蹟が星のように僕の上に降り注ぎ、幸福な気持ちの中でものを作ることができるようになりました。


皆様、チケットを買い、沢山のコンサートにいらして下さり、本当に有難うございました。
あと数日で、僕は新たな列車に乗り換えることになります。
そうそう、企画はかなり先まで決まっていますので、事業はおもしろそうなコンサートが次々にこれからも登場するのです。

 
 
では、最後の一皿は、トラットリア・ガルガの、エリオのボロネーゼです。銀座三越にありますので、どなたでも気軽に入れます。なぜこの皿を・・・というと、


これが普通の人の考えるボロネーゼと違い、トマトを主体としており肉っぽくないのです。
これでもボロネーゼ。
これは既成概念をどこまで崩していけるかという見方に繋がります。


「ベートーヴェンはこうあるべき!」とか


「いや、ここまでならアリ!」という演奏とか・・・。


色々考えながら食べてみて下さい。

 

カルロ・グランテ(ピアノ)が初来日致します。

投稿者:ヤマネ


イタリアの名ピアニスト、カルロ・グランテを9月、招聘いたします。来月9日(火)にチケットを発売開始します。


カルロ・グランテ。この名前にピシリと反応をされた方、いったいどれほどおられるのでしょうか。おられたら手を挙げて下さい。あなたはなかなかピアノ好きの方であるに違いありません。あの辛口の批評家ハロルド・ショーンバーグも賞賛した、知る人ぞ知る名手です。ざらっとした口当たりの、味わいある演奏をする方です。ウィーン楽友協会などで演奏、シュターツカペレ・ドレスデンやファビオ・ルイージ指揮ウィーン響などと共演した名手なのですが、日本ではほとんど知られておらず、今回が初来日。


「あなたの弾きたいプログラムで」とお任せし、(ただし、彼のこれまでの録音の好みなどから、例えばスカルラッティのみ、とか、そういう、テーマ性を持ったプログラムだと嬉しい、とだけ言いました)、「オーケー分かった、そういうのはまさに自分の得意とするところだ!」と、出たのがこのプログラムです。


ショパン:「4つのバラード」と「4つのスケルツォ」


これで行きましょう!と即決でした。


脱線しますが、グランテは、ショパンと同郷の作曲家ゴドフスキー(→Wikipedia)の演奏でも有名です。ゴドフスキーは、ショパンの練習曲を強烈に難しくした編曲作品などで有名、グランテはその練習曲全53曲の演奏を果たした、私の知る限り世界でたった3人のピアニストのうちの一人なのです。


全曲演奏を果たしたあと2人とは、フランチェスコ・リベッタとマルク・アンドレ=アムラン。両者ともに既に来日を果たしています。これら2人よりも大幅に遅れ、ついにグランテが日本デビューを飾ります。ピアノが好きだという皆様、この機会を逃さず、ぜひ足をお運び下さい!チケットの発売は来月、4月9日(火)を予定しております。


■ 9月3日(火)カルロ・グランテ "ショパンを弾く"
公演詳細は近日ウェブでも公開予定

 

公演にはトラブルがつきもの?

投稿者:ひよこちゃん


午前中に、中止が決まったガル・ジェイムズ公演のご返金をしていたところ、お客様から「こういうのは大変ねえ。経費もかかるし、損するばっかりよね」とねぎらって?いただきました。


いやはや、お客様にこそご迷惑をおかけして申し訳ございません。こういうトラブルは、無いに越したことはないのですが、とはいえ100%防ぐというのもまた不可能であります。公演を作るということは、トラブルがくっついてくるということなのでしょう。


今年に入ってから1番驚いた(けれど、お客様や私たちには損害のなかった)トラブルは、某アーティスト(ご本人の名誉のために名前は伏せさせていただきます)が、搭乗予定の飛行機に乗り遅れたことでしょうか。普段からフライトを頼んでいるトラベル・エージェント(在スペイン)より突如電話がかかってきた時には皆びっくりしつつも少し笑ってしまいました。
そのアーティストはトラベル・エージェントの方がすぐに別の便を見つけてくれ、急遽別の空港に移動し、予定より6時間ほど遅れての無事来日となりました。めでたしめでたし。トラブルが全部こういう感じなら、あまり困らないんですがね・・・。


今回のガル・ジェイムズは妊娠した、いわゆる「おめでた」とのことですので、来日キャンセルは残念ですが、無事に元気なお子さんを産んでいただきたいと思います。


ちなみに。
これはトラブルではなく、急遽判明したサプライズなのですが、先日公演を行ったヴァイオリニストのアリッサ・マルグリスは、来日直前に1728年製(←これはたぶん)のグァルネリが貸与されたそうで、早速武蔵野でもグァルネリの音色を響かせてくれました。こういう嬉しいサプライズならいつだって大歓迎なのですね。
(あまりに直前に発覚したので、配布したプログラムのプロフィールは差し替えられませんでした。申し訳ございません。)

 

春の松露庵、春の俳句

投稿者:I.D

昨日、子供といっしょに井の頭公園で遊びましたが、桜をはじめ沢山の花が咲きだし、すっかり春ですね。

 

旧古瀬邸を改修した、本格的な茶室「松露庵」は4月申し込み分から施設使用料が約半額になります。例えばうららかな春の日に俳句の会などでご使用になってみてはいかがでしょうか。

 

僕の好きな春の俳句を、いくつか並べてみました(作者が入ってないのは、僕が俳句だけ知っていて、ちょっと作者がわからなくなってしまったものです。)。

 

窓あけて虻を追ひ出す野のうねり  富澤赤黄男

 

ゆめ二つ全く違ふ蕗のたう  赤尾兜子

 

梅の花匂ふや匂ふところまで

 

伏目聖母へ落花踏まねば近づけず 

 

片隅で椿が梅を感じてゐる 

 

毛皮はぐ日中桜満開に  佐藤鬼房

 

揚雲雀死より遠くは行きゆけず  河原枇杷男

 

桃園の誰もゐぬ日の桃の花 

 

遠蛙酒の器の水を呑む  石川桂郎

 

雁帰る幕を揚げてもおろしても  橋閒石

 

手にありし菫の花のいつかなし  松本たかし

 

村遠くはなれて丘の桜咲く  飯田龍太

 

腸の先ず古び行く揚雲雀  永田耕衣

 

先頭の男が春を感じたり 

 

青天や白き五瓣の梨の花   原石鼎

 

 

みなさんは俳句とか興味ありますか。ありましたら、好きな句を是非おしえてください。

 

 

咲き始めました。

 

投稿者:あ・と・お
 
一気に春めいてきましたね。武蔵野市民文化会館の駐輪場付近にある桜も咲き始めました。日当たりのいい枝の花はもう結構咲いています。
 
今年度の事業は、昨日の「ピエール・レアック ピアノ・リサイタル」で全て終了しました。新年度の最初となる次のコンサートは、4月2日の「デュオ・アマル」(ピアノ・デュオ)なので、この調子ですと、その時にはもう盛りをすぎているかもしれません。ということで、写真を撮ってきました。
 
 
 
なお、武蔵野市民文化会館と武蔵野芸能劇場は、通常、毎週水曜日が休館日ですが、本日(水)が祝日開館のため、今週は明日3月21日(木)が休館となります。チケットお引取りの際などはお気をつけください。
 

太陽の戦士

投稿者:Director's Choice


僕は児童文学が好きで、どうしてもこの一冊と言われてローズマリ・サトクリフの「太陽の戦士」を推します。


片手のない少年が、原始の時代を強く生きていく話です。こういう仕事をしていると、世界の首相とお話しすることもありますが、自分の中ではどんなに偉い人でも小さな幼稚園の子でも同じようにしか接することができません。


どうしても弱い方に味方してしまうので、一般的に見れば損な人生かも知れませんね。最近は原始時代、さらにもっと前の時代に思いをはせることが多くなりました。数億年前・・・。1年、2年、3年と数えるだけでも息と胸が苦しくなります。ベートーヴェンやモーツァルト・・・モンテヴェルディやラッススもそれから比べれば昨日のことのようです。


蛍の光の一瞬にもならない人生を生きて、お客様にコンサートを提供しているのです。ですから一夜のリサイタルで一つの音符だけよければ僕自身は満足だったりします。ですから本当はアーティストの名前だけ書いて、曲目も海外のようにただシューベルトとかだけ書いて、その瞬間をアーティストと聴衆と共有したい気持ちですね。でも残念ですがチケットを売らなければならないので、名曲をやったり東京よりいくら安いなどと書いたりします。


今秋にフェデリコ・コッリという人のリサイタルをやります。ザルツブルクのモーツァルト国際コンクールの優勝者で、公演をやったことがありましたが、もう一人のヴァイオリンの優勝者ばかりみなさん絶賛して、このコッリ君を良いという人はほとんどいませんでした。


僕は彼の弾くベートーヴェンの1番のソナタがとても好きでした。暖かい家庭が目に浮かんできて、お母さんを中心に家族が笑い合っているような音楽でした。マネージメントは「売れない」という理由でその後、彼を招くことはありませんでした。


しかしそんな彼がリーズ国際ピアノ・コンクールに優勝したというニュースが入ってきました。ああ、ヨーロッパには彼をきちんと評価する人が居るんだ、と心から嬉しくなりました。音楽とは人の心を聴くものです。


さて、麻布十番にオルタシアというフランス料理店(→公式サイト)があり、今とても素晴らしい料理を出していますよ。


 
 

タワーレコード渋谷に行くとき

投稿者:ヤマネ



マルグリス兄妹である。昨夜、たまたま夜ご飯を一緒に食べることになったので、しゃぶしゃぶをしゃぶしゃぶしながらグダグダと阿呆な話をしていたら言い出したのである。


ご存じの方も多いと思うが、欧米と比較しても、日本のCDショップの品揃えはかなり良く、マニアックであり、日本にしかない、というものも多い。それを知っていて、行きたいと言ったのだ。


欧米ではCDは売れなくなっており、タワーレコードやHMVなども倒産してしまっている。しかし日本ではタワーもHMVもまだ頑張っている。秋葉原の石丸電気はなくなったけれども。


マルグリスたちも、短い滞在時間だったが渋谷タワーを楽しんだようで、ご満悦であった。10枚ぐらい買っていた。そしてついでに自分の(そして自分たち家族のもの。父であるヴィターリのものとか)CDはないかな、とお店の方に尋ねたところ、残念ながら二人のデュオのものしかなかったのだが、置いてあると知って喜んでいた。「あー、でも僕らこのCDは持っているから買わない、ごめんね。」


そう言えば4年ぐらいまえにも一度、東京の大きな店舗に著名芸術家を連れて行って、探し当てた自分のCDを見て「わー、自分もこの録音は知らなかったなー、懐かしいなあー」と言われた事がある。(ただしその録音はいわゆる一つの海賊版だったので、手放しで喜んではいなかったが。)


CDのこれからについて、どうなるんだろうと考えている方も多いと思いますが、とりあえずまだしばらくは無くならないでしょう。コンサートの記念に買うという方はまだまだ多く居られますし(そしてそれにサインを貰えたらそれはさらなる記念の品となるのです)。


蛇足ながら、お店の方のお一人は、マルグリス兄妹の武蔵野公演に来て下さっていたとの事でした。ありがとうございます。みなさま実にご丁寧に対応して頂きました。感謝致します。

 

「音楽」と「言葉」

投稿者:ひよこちゃん


先日、ユラ・マルグリスと一緒に電車でがったんごっとん東京駅へ向かいながら、彼とあれこれお話をさせていただいて、ふと感じたのですが、


「あれ、ずいぶん英語ができるようになったんじゃないかしら?」


なにより自分の口から英語が随分スラスラ出てくるようになりました。エヘヘ。
まあ、ユラ氏が英語も端正で、人柄的にもとてもお話のしやすい相手だったということもあります。
彼は教育者でもあらはるので、ちょうど私だと生徒さんくらいの年齢だと思うので、向こうからしても生徒とお話するような感じだったのかも知れません。


英語は積み重ねだよ、なんて昔からよく言われましたが、ホントその通りのようです。
毎日少しでもお勉強すると確かに大分変わります。


言語は、子供の頃から身の回りで飛び交う言葉(私だったら日本語)が"母語"(第一言語)として習得され、もちろんこれが言語習得において一番苦労の要らないときになります。いつの間にか習得しています。父が日本人、母がアメリカ人でイタリア生まれ・育ちの子供は母語が3つ(日本語、英語、イタリア語)になることもあるでしょう。羨ましい話です。


しかし、ある程度年歳がいってしまってから新たな言語を習得する場合には「自然と身につく」とはいきません。文法や単語を覚えなくちゃいけない(ルールの習得)、文章を読む/話を聞くことができるようにならなくちゃいけない、自分で話せる/書けるようにならなくちゃいけない。人の置かれた環境にも拠るでしょうが、これらのことをマスターしていくには、それなりの時間と労力を要します。それでいて、ネイティヴにはなれません。子供の頃に自然と身につけた彼らには敵わないのです。


これってなにかに似ているなと、ふと気付きました。


そう、音楽です。
クラシック音楽の演奏家のプロフィールなどいくつかお読みいただければ一目瞭然かと思いますが、ほとんど皆さん幼い頃からなにかしら楽器をやっています。3歳、4歳、早いと2歳とか。昨年吉祥寺シアターで素敵な演奏をしてくれたレナ・ノイダウアーさんが、4歳になる彼女の子供について「音楽家にしたいとは思っていない。それに今から始めるんじゃ、ちょっと遅いわ」と言っていて、かなり驚いたのを思い出します。
そう考えると、言語獲得における臨界期が12歳くらいまでという説がありますが、音楽はそれよりも早いかも知れません。


では、ここでもう1つの疑問です。
「子供の頃に楽器などを習得しなかった人(私のような人)は、外国語のように後発的に習得することはできるのでしょうか?そして、それはどの程度まで、またどのような方法で行えるものなのでしょうか?」


皆さまお気付きかと存じますが、これをすべてちゃんと書こうと思ったら、長い論文や本1冊くらい書けてしまいますので、とてもこのブログ記事で全ては書ききれません(そして、考えきれてもいません)。私は大学でこういった芸術にまつわる理論などをお勉強していて「いやいや、理論を積み重ねただけじゃ、真実は見えてこないよ」と反抗してしまった落第生なので、とりあえず自分で実験するところから始めてみようと思います。そんなわけで、続く、かも知れません(次回未定)。