スタッフブログ:2014年03月

バッハの平均律+トークの難易度は?

投稿者:ヤマネ


先日、といっても早いもので3週間も前になりますが、ジェローム・グランジョンというフランスのピアニストによる、J.S.バッハ:平均律第1巻全曲の演奏会を開催致しました。演奏するだけで2時間(休憩を含め)を超す演奏会でしたが、多くのお客様にご来場頂き、感謝しております。


演奏もふわふわっとした音で、ロマンチックで、いわゆる「ピアノで弾くバッハ」という感じで、好感度が高かったと思います。この演奏会ではグランジョン氏にお願いをして、18時から30分のトークも付けて頂きました。面白かった、ためになった、というコメントを複数、頂きました。


トークというのは、演奏家にとってたいした負担じゃ無いだろうとお考えになられるでしょうか。それはあまり正しくないかもしれません。演奏するときとは違った集中力、緊張感が必要となります。私の知人のあるピアニストも最近、演奏+トークの公演はものすごく負担なのであまり積極的にやりたいとは思えない、と言っていました(もちろん人によって異なるでしょうが)。


幸いにしてグランジョン氏は「トーク?平気平気、ハハハ」という感じの方で、トークも演奏も問題なく全てを終えられたので、ほっとしました。


バッハの作品、特にフーガを暗譜で弾くという行為は物凄く物凄く大変な事です。曲がシンプルそうだから、とか、音の数がそんなに多くなさそうだから難しくないだろうと考えるのは大間違いで、皆様がお考えになるより2014倍ぐらいは困難です。集中力が切れるとアッという間にどこを弾いているか判らなくなり、手が止まってしまいます。


トークで集中力を消費しているのに、さらに24曲を暗譜で、というのはかなり精神的にもきついと思ったのですが、しかしグランジョン氏はサラサラっと最後まで弾かれたので、私はその点にも多いに感銘を受けました。


蛇足なのですが、「暗譜が無理なら楽譜を置いて弾けばいいじゃない」、と言うご意見もあるかと思いますが、楽譜を見て弾くというのも、実はそれはそれで難しいのです。突然目の前の楽譜のどこを弾いているかわからなくなり、カッ!と頭に血が上ってしまい、楽譜を見ているのに演奏が止まってしまう、という危険があるのです。つまり、なんにせよピアノは難しいNE、という事なのであります。

  
  

日本のタクシーはOMOTENASHI

投稿者:ヤマネ


タクシーに皆様、乗られますか。高いから乗らない。そうですか。私も個人では滅多に乗りません。仕事でアーティストを乗せ移動する、それがほとんどです。


しかし、欧米から日本にお越しになる方々が喜ぶ話題の一つがタクシーです。


先日のブログで、日本のタクシーは住所だけを言っても目的地にたどり着けないと書きましたが、それに劣らず面白がられるのが、自動ドア、そして古い車種。この二点です。


「なぜ日本はテクノロジーが進んだ国なのにタクシーだけは古いのだろうね?古い車ばっかりだよ、ほらほら」と私は、5年ぐらい前のこと、あるドイツ人のオーボエ奏者に言われて街ゆくタクシーを眺め、確かにそうだなと合点しました。


皆様、気にして見られた事はありますか。日本のタクシーの車種、と言いますか、型は非常に古いですね。出来たてホヤホヤの新しそうな車でも、たいてい型は古いものです。サイドミラーでしたらば前の方についています。


「言われてみれば古いね、タハハ。」と笑って私はその時はやり過ごしましたが、マジやなこれ、どういうこっちゃほんまに、と心中おだやかでなかった事をよく憶えております。最近はプリウスなんかも増えてはいますが、それでもまだまだ主流では、無い。(型を変えるとなると整備とか設備とかその辺りでかなりお金がかかり大変なのだと思います。)


そして次はタクシーの自動ドア。これも驚かれるポイントであります。海外よりお越しの方々は皆、(1)自分で開けようとして、(2)私が制止、(3)目の前でドアが勝手に開くのを見て、(4)驚愕します。ホワー!!と奇声を発します。そして、(5)「この扉は閉めなくていいよ」と言うと、(6)また驚きます。ホワー!自動で閉まったよ!!マイガッ!!(※数字を振ったのには特に意味はありません)


いやはや、型の古いタクシーでも、日本のOMOTENASHI精神が猛烈に息づいているのです。これからも、日本にお越しになる海外の方々にフジヤマ・ゲイシャ・サクラ・スシ・テンプーラ、などに加え「ジャパニーズ・タクシー」を知って頂きたいと思い、チャンスを日頃よりうかがっております。

  
  

思い込みVS好奇心

投稿者:ヤマネ


思い込み、いろいろあります。


例えば、私の話をしますが、昔、ブリュッセルで路面電車に乗っているとき、欧米人の(おそらくベルギー人の)男性にいきなり日本語で話しかけられて何が起こっているのかとっさに理解出来ず、目を白黒させた経験があります。これなども思い込みの一つでしょう。ヨーロッパに居るヨーロッパ人が日本語を話すわけがない、という思い込みです(実際のところ日本語を話す人の数はめちゃくちゃ少ないでしょうが)。


今これを書いている段階で、残席7枚となりましたジャン・ルイ・ストイアマンのピアノ・リサイタルも、ブラジル人がブラジルのクラシック音楽を演奏する、というものですが、これも最初聴くとえっ?と思われたかも知れません。ブラジルとクラシック音楽の組み合わせが不思議に思えたでしょうか。


ブラジルのクラシック音楽は実際、とても興味深いのですが、「クラシック音楽と言えば何はともかくベートーヴェン!運命の扉がかくかくしかじか」とか「3度の飯よりモーツァルト」とか「ええ?ブラジルのクラシック音楽?そらまたけったいな。サンバとかボサノヴァとかならともかく。あっ、あっ、リオのカーニバルは・・・楽しそうでいいよね!」


・・・そういうたぐいの思い込みはぜひ脇に置いて、心を開いて聴いて頂きたいと思います。演奏会後にはきっと、「今夜うちに帰ったらブラジル行きの飛行機、予約しなくちゃな・・・。」と思っているに違いありませんから(←言い過ぎ)。


なお、この公演につきましては、NHKのFM収録が急遽決定致しました。演奏者ストイアマン(=バッハ国際コンクールでかつて第二位に輝いた名手)に対する関心に加えて、ブラジルの名手がオール・ブラジル・プログラムを、という、曲目に関する関心、この両方が収録決定の理由に寄与しているであろうと思います。繰り返しになりますが、残席はあと7枚です。


もう一つ。おととい武蔵野市民文化会館で歌ったマリーナ・コンパラート(メゾ・ソプラノ)は明日、銀座のヤマハホールで歌います。この公演は日本の歌手と共に賑々しく、という趣旨なのですが、驚くなかれ、伴奏がオーケストラやピアノではなく、エレクトーンなのです。


は?と思われるかも知れません。私も、は?と最初は目を疑いました。しかしちょっと考えてみましたが、こういうのもありかもしれません。ピアノで弾かなければならないという規定はどこにもありません。


少なくとも私は(不勉強ながら)こういう形態の演奏は聴いたことがありません。であれば一度聴いてみたいと思うようになりました。体験してみたら「めっちゃ良かった。うちに帰ったらエレクトーン、ポチろう。アマゾンで」と思うかもしれません。明日は思い込み、偏見をとっぱらって聴いてみたいと思っています。こういう公演です。当日券もあるようです。

  

欧米人にとって不思議なこと 日本の住所編

投稿者:ヤマネ


私の働いております武蔵野市民文化会館は、残念ながらと言いますか、駅からあまり近くありません。なので、一般の皆様からお電話で「どうやって行くと良いか」という問い合わせをぽつぽつ頂きます。


最もわかりやすいのはJR中央線三鷹駅からのルートです。北口を出てまっすぐです。「ロータリーの先に見えるドトールと駐車場タイムズの間の細い道をずーっとずーっとまっすぐ、二つ目の信号の手前右側の建物です。」などと説明します。


タクシーで来たい場合は、まあおおかた新宿よりこっち(どっち?)のタクシー会社の方なら、武蔵野市民文化会館とだけ言えば判って頂けると思います。判って頂けなければ、五日市街道を吉祥寺よりさらに西、武蔵野図書館の向かい側、などという言い方をするのもアリです。


しかし自宅などに帰るとき、タクシーの運転手の方に住所・番地だけを言ってたどり着ける事はまずないでしょう。それが欧米の方々に不思議がられるのです。「なんでか」と。


「いいよ、タクシーで来るから。この住所を言えばいいんでしょ?」と言う日本初心者の外人さんに「いやいや、住所を言っても着けませんよ」と言うとドッキリされます。おいおい、住所を言っても判らないだって?何てこったジーザス!じゃあ一体どうやっておまえは目的地に連れて行ってもらうんだいアミーゴ。


ベーカー・ストリート221B!と叫べば、ロンドンであればもうホイホイ言ってホームズのおうちに連れて行ってくれます。欧米の都市には大通り、道、小径にさえ、いちいち名前が付いているんですね。で、端から順番に番号が振られているんですよ。フランシスコ・ザビエル通り21番、とか、ナミュール門通り440番、とかそんな感じです。タクシーの運転手は当然その街の全ての道の名前を覚えていますから、これだけで目的地に着ける。実に合理的だ。


しかし日本には、一部の大通りを除き、通りに名前は、ない。番地も、どういう基準で並んでいるかよくわからない。


日本のタクシーはインポッシブルだと言われる決定的な理由が、この日本の摩訶不思議な住所システムです。目的地にたどり着くため目安になる建物や場所をバンバン運転手さんに言いまくる、という事実は彼らの想像を絶するようです。


最後に「なるほどなるほど、複雑だという事だけは理解した。じゃあ君たち、どうやって住所とか番地とか決めんてんの?」と問われ、私はニッコリ笑って絶句するわけです。「ハハハ日本は君たちが考えるほど簡単ではないのだよ!!」


・・・・どなたか、番地の振り方の基準を私に教えて下さい。

  

  

子供のためのオルガンコンサート開催

投稿者:ヤマネ


子供のためのオルガンコンサートを一昨日、開催致しました。


演奏したのは、ウィーンのオルガン界を代表するすごいおじさま、マルティン・ハーゼルベック氏。ウィーン少年合唱団などと共演をしたり、ウィーン楽友協会の新しいオルガンのこけら落としコンサートに出演したりするなど、いわゆるひとつの巨匠オルガニストです。


週末の午前10時半に、近隣の小中学生とその保護者というお客様にお集まり頂きました。チケットは完売でしたが、この日は天気が良かったので、みなさん外に出かけてしまったのか(子供は風の子、というのは昔も今も変わらずでしょうから!)、空席がチラホラとみかけられたのはアレでしたが、来なかった子は残念賞!!と思う、オモチロい公演でした。


通訳として一昨年の武蔵野市国際オルガンコンクールで優勝した福本茉莉さんが立たれ、「ほらほら、パイプオルガンの基本の音ってこういう音です」「チョチョイのチョイ、パッパッパーっとやるとパイプオルガンはこんな事も出来ます」「上の扉もぱかぱか開閉できます」(来てくれたお友達は何の事だかおわかりですねっ!)などとお話を付けて下さったので、一時間あっという間でした(※福本さんの言葉遣いはもっとずっと丁寧でした、念のため)。


なにより「オルガン、近くで見たい人!」というその一言に反応して一斉にブワーっと子供達が舞台に押し寄せてくれたので、関係者一同、嬉しく思いました。手足をフルに使って「すごそうなおじさん」が演奏する姿を目の前にして、目を輝かせていました。楽しかった?と一人の子に問いかけてみたら大きな声で「うん!」と言ってくれたのにはちょっとじーんと来ました。


「オルガンとかそういうのは子供には難しいんじゃないかな」と決めつけるのは大人の偏見だったりもするのでしょう。
  

  

オホラ/O'Horaは希少苗字なのか

投稿者:ヤマネ


3月4日(火)に開催いたしましたロナン・オホラ氏のピアノ・リサイタルは盛況のうちに終了致しました。ご来場頂きました皆様、ありがとうございました。


それにしてもオホラ/O'Hora、って変わった名字ですよね。本当に英国から来た人なのか。面白いですね。カナでオホラと書いて口に出してみると、何だか間が抜けている所もまた、いい。


日本にもキラキラネー・・・いや、変わった苗字が沢山あります。新渡戸とか、能年とか剛力とか、もうわんさかあるわけです。「希少 苗字」などでgoogle検索をしてみるとバンバンそういったサイトが引っかかってきますから、興味を持たれる方もきっと多いのでしょう。


というわけで来日早々、早速アタックをして見ました。「あなたの名前の由来を教えて下さいやがれます。」と恐る恐る聞いたのですが、その答えはというと、Golden Manゴールデン・マンとかそういう意味なのだそうです。O'というのがもともとアイルランド独特の名前で、ジョン・オコーナー/John O'Conorと言う名前のピアニストもいますが、このO'が「Manという意味だ」と言うのです(ロナン・オホラ氏はイングランドのマンチェスター出身ですが、アイルランド系なのでしょう)。珍しい名前ですかね、と聞いたら、そうだとのこと。


辞書で調べて見ますとこのO'については「~の子孫」などと書かれていますので、多分manといっても「一人の男」の事を指すわけではないのでしょう。こまかなニュアンスは私には判りませんがまあ、そういう感じなんです。適当です。そしてhoraが古いアイルランドの言葉で「金/Gold」を意味するのだそうです。そうすると金子さん、が日本では近い苗字ですね。とこうなるとおやまあ、何やら親しみ安い名前であったことだよ。ババーン!


ロナン/Ronanという名前だって不思議ですね。全然関係ないですが、私はフランス人と雑談をしていて、貴方の名前の由来はなんだ?と聞いたときに、「苗字には由来はあるが名前は何だろう、特に意味は無いんじゃ無いか」(確かその人の苗字は地名から来ていたと記憶しております)、と答えが返ってきて、なるほどそういうものかと思った経験がありますが、ロナンってどういう意味なんでしょう。聞きそびれました。

  

「大入袋」を貰ったというお話

投稿者:ヤマネ


先日、両国でちゃんこ鍋を友人達と頂きました。日本の国技SUMOの伝統的な料理をアラットオブSAKEと共に堪能致しました。その後ポパイという名前の、地ビールがめちゃくちゃに集まっているよく知られたお店でおビールをもう少々たしなんで帰りました。


意味不明な前振りで恐縮でした。


先週の日曜日、武蔵野市民文化会館では、テレビでもおなじみ、宮川彬良さんが指揮・ピアノ・お話と大活躍された宮川彬良VS新日本フィルハーモニー交響楽団「コンチェルタンテII」という演奏会が開催されました。


家族でオーケストラを楽しんで欲しいということで、肩の凝らない、だがしかし本格的な演目もありつつエンジョイな公演でした。


その公演は、大変嬉しい事に完売となりましたが、当日私は珍しい物を目にし、手にしました。関係者に新日本フィルより大入り袋が配られましたのです(いつも見ていると言う方は申し訳ありません。あくまで私個人の体験として久しぶりに見たのです)!!


これもまた考えてみますと、日本の伝統を感じるものですね。いやあ、いいなあ、と思い、ぶつぶついいながらネットでカチカチと調べてみましたら、大入り袋の起源は明治後半とあり、ありゃりゃそれほど伝統はないのか(といっても100年以上も昔の話ですが)、うっかりー、と自分の額をペチペチ叩いておきました。


今日も武蔵野市民文化会館は平和でした。