昭和20年2月25日と7月25日の青年日本交響楽団

 
投稿者:Lepi
 
 
 
さらに前回の続きです。
 
昭和20年2月27日の現・東京フィルのチケットとあわせて、この2日前の2月25日の日比谷公会堂のチケットもありました。青年日本交響楽団という交響楽団の印が押されていますが、この券は切られていなくて、未使用の状態です。こちらはプログラムも残っていなくて、曲目等は分かりません。また、この交響楽団がどういう楽団だったのかは、服部正さんが創設し指揮者を務めていたということ以外、うまく調べられませんでした。
 
この券の裏面を見ると、「警報発令の場合は延期致候追て後日開催日は提示可致候」と書かれています。東京大空襲の直前で、毎夜のように空襲を受けていた頃のことです。この一文で、厳しい状況下での公演だったことが感じられますが、券が切られていないのは、延期されたのか、それとも、個人的に行けない事情があったのかは分かりません。
 
この後の、昭和20年7月25日の青年日本交響楽団の公演の半券も残っていて、このときは聴きに行けたようで、券が切られています。こちらも、プログラムは残っていなくて、曲目等の詳細はわかりません。昭和20年7月25日といえば終戦まであと3週間。そんなときでも、日比谷公会堂ではコンサートが行われていたのですね。そのときには3週間後に戦争が終わることは分からなかったと思いますが、どんな公演風景だったのでしょう。
 
この券を持っていたのは、数年前に亡くなった私の義父ですが、当時19歳、大学生になったばかりで、昭和20年1月に徴兵検査を受けています。いつ徴兵されるか分からない時期、どんな思いで公演を聴いていたのか、当時のクラッシックの演奏会はどんな雰囲気だったのか、聞いておけばよかったと思うことはたくさんあります。未整理のまま、いろいろなものにまざって部屋の奥から出てきた遺品を整理していて、初めてこういう資料が残っていたことが分かったので、生前には聞けなかったことが残念です。