戦時下のコンサート

 
投稿者:Lepi
 
 
 
戦後70年の今年、さまざまな形で、当時のことが語られていますが、当時の音楽公演はどうだったのでしょうか。
 
手元にこんなチケットの半券があります。昭和20年2月27日、日比谷公会堂のチケットです。
 
この日演奏したのは、東京交響楽団ですが、今の東京交響楽団ではありません。この東京交響楽団、この公演の11日後、3月10日の東京大空襲で、練習所や楽器、楽譜すべてを消失してしまいます。そして、終戦直後の9月に東京都音楽団として再興、その後変遷を経て、東京フィルハーモニー交響楽団として現在に続いていると、東京フィルのホームページに載っていました。
 
戦争が激化する中、公演が行われていたこともそうですが、この券面を見ると、HIBIYA PUBLIC HALLとか、Orchestra Stallなどの英語が使われていることに驚きます。当時、こんなにおおっぴらに英語を使って大丈夫だったのだろうかと心配になります。
 
裏面を見ると、プレイガイド事業部という文字も。当時もチケットはプレイガイドで売っていたのでしょうか。そもそもプレイガイドという言葉を使えたのでしょうか。
 
戦争による空襲が激しくなる中、当時のクラッシックの演奏会はどんな雰囲気だったのか、英語表記は問題なかったのかなどなど、この半券の持ち主の生前に、もっと聞いておけばよかったと今さらながら後悔しています。