特別インタビュー: ハーゼルベック教授に聞く 『ウィーンのベートーヴェン』

 

インタビュアーが「熱弁だった」と思い出すウィーンでのインタビューです。ハーゼルベック氏のこのRESOUND BEETHOVENプロジェクトに掛ける熱い思いが伝わってくると同時に、その博識ぶりから、ベートーヴェン当時のコンサートの様子が目の前に広がります。どんな音が初演時に鳴り響いたのか…、この人が振るベートーヴェン全曲が待ち遠しくてなりません。

― 初演当時の会場で演奏を再現してみるというこのプロジェクトが始まったのはいつからですか?

マルティン・ハーゼルベック(以下、MH): 2014年から始めました。もちろんそれ以前から、長年、作曲当時の楽器を使ってベートーヴェンを演奏してきましたが、オリジナルの会場での響きも再現したいと考えたのです。ドイツ人の研究家シュテファン・ヴァインツィエル教授がリサーチをして、ベートーヴェンが使っていたホールは大きなものでも最近のホールより小さく、そのため演奏は大きく響いていたということがわかりました。ベートーヴェン自身も大音響を求めていたのです。客席も今とは全く違います。聴衆は立って聴いていました。いまなら400人が着席して聴くスペースで、2000人が立っていたのです。日本の地下鉄みたいな感じでね!(笑)

― それはたいへん(笑)。

MH: ウィーン楽友協会大ホールは2000席ありますが、2000人の聴衆は立っているより座りたくなったので、あそこは、あのような大きなホールになったのですよ。一方、ロプコヴィッツ宮殿に入られたらおわかりになるでしょうけれど、わたしたちはあんな狭いスペースで『英雄』を7回演奏しました。おかげでベートーヴェンのことがよくわかってきて、再現も可能になりました。

― 初演場所は現在も演奏会に使用できるのですか?

MH: 交響曲のためにベートーヴェンが指揮をした場所は、全部で8カ所ありますが、現存しているのが6カ所です。このなかには今は演奏会には使われていない所もあり、今回のプロジェクトのために使用許可の要望を出しました。 ベートーヴェンは曲を仕上げると、まずは小さいホールで小さい編成でプライベートな初演をおこないました。それから大きなホールで初演したのです。スポンサーのロプコヴィッツ侯爵が会場予約をしていたので、初演は何人の演奏家がいたか、曲目はどうだったのかなどの記録がはっきりと残っています。交響曲第7番の場合、2曲トランペットの曲をやり、≪ウエリントンの勝利≫をあわせてやるのがオリジナルのプログラムでした。トランペットの曲ではメトロノームをつくったメルツェルが発明したトランペーターという自動演奏人形も使用したという記録があり、私達はそのコピーもつくって演奏会を丸ごと再現しました。

― オリジナルのプログラムも再現しているわけですね?

MH: そうです。ただ、たとえば第5番と第6番の初演演奏会の“厳密な”再現はできないでしょう。まず同時に演奏したピアノ協奏曲がとても長く、トータルで4時間になった上に、12月のアン・デア・ウィーン劇場には暖房がなく、たいへん寒かったのです。

― 耐寒コンサート!(笑) 現場で演奏することは作品を知る上で、大きな示唆があるのでしょうか。

MH: 音響のありかたなど、気づくことがたくさんあります。今日演奏されるのと演奏家の配置が違ったものもあります。たとえば、 第九の合唱団はオーケストラの前にいました。ですので、わたしたちもそのとおりに演奏しました。人間の声が前面に出るように演奏・作曲されたのです。

― オケの前ですか。合唱が鮮烈な印象になるでしょう。そこまで厳密に再現しながら、日本ツアーでは場所ごと持って来られないのは残念です。

MH: わたしたちが学んだのは、その音楽が初演されたときにロック・ミュージックのように斬新なものだったのだろうということですので、それを再現することで、今日の日本の聴衆のためにエキサイティングな演奏、初演の再現ができると思います。

― 個々のコンサートでは、学術的背景についてのレクチャーを事前に丁寧に行っています。

MH: 演奏するうえで大事なのは、たくさんの知識を得て、その知識をもとに芸術を作り上げることです。当時の響きがどうだったのか知ることは、わたしにとっては重要なのです。わかればわかるほど、芸術をつくる土台ができます。それと同様にコンサートにプレ・レクチャーを設けているのは、知識を得ていただくとお客様の聴き方が違ってくるように感じるからです。たとえば≪田園≫は大規模な交響曲に「自然」が取り上げられた初めての作品です。当時のひとたちはカエルの声などを聴かされて面白かったでしょう。そういう背景を踏まえたら、鑑賞が深まります。

 *** 武蔵野では、4月21日(金)公演の終演後に「アフター・トーク」決定!!!ハーゼルベック自ら、RESOUND BEETHOVENプロジェクトについて語ります。ベートーヴェン時代の楽器(古楽器)についての話やデモンストレーションも予定。

― このプロジェクトで最大に有利な点は、オーケストラの活動拠点が初演の地、ウィーンであるということですね。

MH: そのとおりです。わたしはウィーン生まれです。ウィーンの建物ひとつひとつが何か音楽とつながっています。勤務先の大学には、モーツァルトが最初のミサを発表した教会があります。そんなウィーンに住んでいて、とても幸せです。同時に、現在とても興味を引かれるのは、作曲家が誰のために作品を書いたのかという点です。ベートーヴェンの場合はスポンサーが若かった。ロブコヴィッツ侯爵は30代でした。だからすごくモダンな音楽、アヴァンギャルドな音楽がお気に召したのですね。

― 「自筆譜から発見」という事例は多々ありますが、「初演の場所から発見」という方法があるとは目からウロコです。ベートーヴェンの交響曲演奏へのアプローチが山ほどされているなかで、このような方法があるとは思ってもいませんでした。

MH: 音楽研究の新しいトレンドです。もちろん楽譜を見ても毎回新しい何かを発見します。わたしの場合、オルガン演奏が音楽家人生のスタートでしたが、オルガン演奏家の仕事をしていると、すべてのオルガンがまったく違うことを実感します。新しいオルガンをさわるたびに発見があります。ある作品がどこで演奏されたのかについて考察を始めたのは、その体験が影響しているのかもしれませんね。

― なるほど。オルガン演奏家であるということが、作品とそこにある楽器の関係、ひいては作曲と発表場所との関係に目を向けさせた・・・。とても説得力があります。

MH: オルガンの場合は「あそこでバッハが演奏した」というように楽器と作曲家が特定されているので、そこで弾くと同じ音で彼も演奏したという追体験ができます。そこから作曲の意図がとてもよくわかるのです。

― 今回、交響曲9曲すべてを演奏されるわけですが、全曲を聴く面白さを教えてください。

MH: 交響曲ひとつずつがまったく違い、全体で音楽の宇宙を成していると言えます。古典派からロマン派への架け橋と言ってもよいでしょう。交響曲第1番はモーツァルトの最後の交響曲の終止符から始まり、合唱が加わる第9番でリヒャルト・ワーグナーへの扉が開くという感じです。それを作曲されたばかりのような新鮮さで、聴いていただけるでしょう。

協力・インタビュアー:森岡めぐみ(いずみホール)、ドイツ語通訳:中野明子

 

【 公演詳細・チケット情報 】

http://www.musashino-culture.or.jp/eventinfo/2016/09/musashino-new2017.html