クラウディオ・アストローニオと調律の話をする

投稿者:ヤマネ


鍵盤楽器は、調律をしますね。調律とは、まあ、簡単に言うと、音の高さを合わせる作業の事を主に指しますある鍵盤を押すと、ある決まった一つの音が出ますが、その高さを、テキトーに・・・もとい、「いいぐあい」に合わせる、そういう作業のことです。


この音の高さ、通常、一オクターブに音は12個ありますが、それぞれの「音と音の間の高さ」が均一ではない、ということはご存じでしょうか。


詳しい説明は省きますが、ともかく均一にはできない事情があるのです。えー、そんなこんなで、古来より様々な調律の方法が創り出されてきました。現在のピアノの調律はほとんどの場合「平均律」と呼ばれる方法でされています。これまた詳しい説明は省きますが、最初に「テキトーに」と書いたのはあながちウソではなくて、要するに、ほどよいさじ加減で、音を合わせているのです(なので、厳密に言うと、調律をしてもピアノの音は合ってはいないのです)。


先日10月14日(日)に「花咲けるイタリア・バロック音楽」と銘打ったコンサートがありました。このような古楽の演奏会を計画するときは、必ず調律法(とピッチ。ピッチについてはまたいずれ。)について事前に話合いがもたれます。現代の平均律という調律法が確立される前の時代の音楽が演奏されるので、その時代に存在したさまざまな調律法の中から、これだと演奏家が思うものを選んで指定してくるのです。


そして先日の調律方法はと言うと、ナイトハルト1732と呼ばれるものでした。その時なされた真剣な会話(主にメールでのやりとり)を再現してみましたので真剣にお読み下さい。


私=ヤマネ ア=アストローニオ 調=調律師


私「で、調律はどうします?」
ア「Neidhardt1732でよろしく。」
私「はい了解。調律師さーん、Neidhardt1732ですって。ナイトハルトって格好言い名前ですよね!」
調「ナイトハルト1732つってもいっぱいあるけど、どれカニ?」
私「なんかいっぱいあるみたいですけど、どれでしょ?」
ア「適当でいいよ」
私&調「・・・・。」


さすが、イタリア人ですねっ!イタリア万歳!!いや、決していい加減な態度で公演に臨んでいるわけではないので、そこはお間違いのないよう。ちなみに公演終演後の舞台裏で、調律師さんがこのナイトハルト1732について、アストローニオ氏と熱い会話を繰り広げておりました。


なお、日本の調律師さんの「技術の平均レベル」は、欧州と比べてどうやらめちゃくちゃ高いようだ(なぜなら、来るアーティスト来るアーティストが皆口を揃えてそう言いますから)、と言う事も書き添えておきます。

  

シェイクスピアの非道?

投稿者:ひよこちゃん


私事ではございますが、先日までちょこっと風邪を召しておりまして、なにやらしんどい日々でした。「だるいな、でも熱はないしなんとかなるかな」と思ってちょっと無理をしていたら、見事に熱を出しました。発熱していた日はたまたまお休みの日だったので、業務には支障がなかったのですが、行こうと思ってチケットを買っていた新国立劇場の演劇公演「リチャード三世」に行き損ないました。残念無念また今度とはいかず、その後は日程の都合もつかず行かれず仕舞いとなりました(本日が楽日だそうです)。


「リチャード三世」はシェイクスピアの初期の作品だそうですが、分量的にもかなりありますし(今回の新国立劇場での上演時間は3時間40分だそうです)、そしてなによりリチャード三世があまりにも残忍で極悪非道の極みをいきますので、読んでいると辛くなります(実際ぐったり疲れました)。ただ、上演すると見応えのありそうなシーンやスペクタクルな場面も沢山ありますので、ぜひ1度上演を拝見したかったのですが・・・


シェイクスピアの作品はそれなりに読んでいるとは思いますが、思い返してみるとシェイクスピアは結構残酷なことをサラッと書きます。まあ、世界史上5指に入る大作家ですので、残酷なことは書くのはなんてことなかったのでしょうか。個人的に1番ひどいなと思うのは、喜劇と(ロマンス劇とも)称される『冬物語』。


とても貞淑な奥様と親友が浮気をしていると「勝手に」疑ったシチリア王リオンディーズ、奥様を幽閉し、友人は追放し、獄中で生まれた娘は捨ててしまい、それにショックを受けた王子(息子)は突然死んでしまいます。そして、息子の死を知った奥様は獄中で自害したと知らされます。王様はこの時点で後悔に苛まれるのですが、本当かよと思ってしまう言動・行動がその後も多々見られます。


この話が結局喜劇となるのは、捨てられた娘が生きていて、かくかくしかじかを経て王のもとに戻ってくることになりまして、友達とも仲直り、実は奥様も生きていたという、ご都合主義としか思えないような大団円を迎えてめでたしめでたしとなるからなのですが、本当に死んじゃって勿論生き返らない王子様(息子)のことを考えると、とても素直には喜べません。シェイクスピアは作中に出したものは無駄なく使い切る作家だと思いますが、これは例外と言ってもいいように感じます。


ただ、今読んでも(観ても)全く古さを感じませんし、やはりすごい作家だとは常々思います。彼の作品が現代に全く残っていなかったら、と考えるとぞっとしますね。シェイクスピアがなければ、現代の演劇はかなり貧しいものとなっていたでしょう。古本屋で100円で手に入りますし、今までシェイクスピアなど手にしてこなかった方も、まずは1冊いかがでしょうか。
オペラが好きな方なら「オセロー」や「ウィンザーの陽気な女房」(ファルスタッフの原作です)などがオススメ。あとは有名どころで「ロミオとジュリエット」や「マクベス」といった悲劇。個人的にはファンタジックな「テンペスト(「あらし」とも言う)」が好きです。


ちなみに。
シェイクスピアの奥様、お名前をアン・ハサウェイさんと言ったそうです。有名なハリウッド女優が同じ名前なので、女優さんはシェイクスピアの奥様からとった芸名かなと思いきや、本名だそうです。アン・ハサウェイさん(女優)、綺麗ですね。映画「プラダを着た悪魔」のアンディ役が印象的です。

    

なにもない空間


投稿者:I.D

演劇、それからオペラもですが、セット、衣裳も楽しみの一つといえるでしょう。私も豪華なそれらを見ると目を見張ってしまいます。素敵ですよね。夢の世界。

 

しかし、私の個人的趣味としては、こと演劇に関してはセット、衣裳、ほぼ無しっていうのが好きですね。ほぼ無しなので、素っ裸ではないですが、無個性な衣裳に、なにもない空間。

 

10代の頃に触れたピーター・ブルックの影響が大きいです。彼のあらゆる虚飾をはぎ取り、本質のみを残し、極小で極大の効果をあげる“血肉の通った神話”のような世界に、芸術の真髄をみるようで魅了されました。

 

それから、思い出されるのはマルセル・マルソーです。私が見たときはすでに随分おじいちゃんでしたが、例のビップの姿で、本当になにも無い舞台に一人。だれにでも分かり、多くの人が思いつきそうな、一見簡単そうだけど、彼にしか成しえない“詩”そのものの舞台。この人はこんな年まで、なににも(セットとか照明)守られることなく、自分の想像力のみで生き抜いてきたのだな、というところにも感銘を受けました。

 

ポイントは想像力なのではないかと思います。

 

あ、また思い出しました。昔、私の演劇の師匠が、ソ連でローレンス・オリヴィエ主演のシェイクスピア劇を見たそうですが、その公演、なにかの手違いでセット、衣裳などが届かず、なんとセット無しの私服で公演したものだったそうです。しかしその舞台はとてつもなく素晴らしいものだったそうです。その後見たセット有りの時よりも。

 

なぜ、こんなことをぐだぐだ書いているのかといいますと、11月に行われる劇団テノヒラサイズです。ひよこちゃんも書いていますが、この劇団セットも衣裳も使わないをポリシーにしている劇団なのです。それらがないとしょぼいのでは…、などと思わないでください。想像力があれば一瞬で富士山の山頂までも行けます。想像力に自信がなくても、良い導き手(パフォーマー)がいれば大丈夫です。テノヒラサイズがあなたを富士山の山頂まで連れて行ってくれるでしょう。

 

 

オーケストラ・ピット

 

投稿者:あ・と・お
 
当館大ホールで、オペラをご覧になった方はご存知だと思いますが、オペラの時にはオーケストラ・ピットというのができます。1~5列目の座席を外して、そこの部分が下がる仕掛けになっています。そこにオーケストラが入るわけです。実は、あの部分、下がるだけではなく上がることもあるのです。舞台と同じ高さまで上がり、その分ステージが広く取れることになります。
 
先日、ご近所の成蹊大学の創立100周年記念ということで、第九のコンサートがおこなわれていたのですが、その際にオーケストラ・ピットを上げてありました。出演者の数が半端でなく、オーケストラが約80名、合唱が約260名とのことで、事務所でホール内の様子がモニターで見られるのですが、数に圧倒されました。合唱団が乗るひな壇が7段もあり、指揮者から合唱団の最後列までの距離感があるある。歌っていた人は、もう、指揮者の棒だけが頼りだったのではないかと思います。控室も楽屋だけでは足りなかったようで、会議室や和室などもお使いいただいて、ほぼ全館貸し切り状態でした。
 
貸館だったため、写真を撮っていなくてお見せできないのが残念です。また、機会があったら、掲載します。
 

「生きる」そして世界と繋がること

投稿者:Director's Choice


「生きるって言うのは、こういうことだ!」って思うことはそう多いとは限らない。僕の仕事は演奏家や世界のマネージャーからも、武蔵野ってやるじゃないか、なんて面白い発想な人だ。この仕事はやってみたい、と思われるようなプランを提案することも大切なのだと思っている。みんなに「生きていて良かった!」って思って欲しい。


デニス・コジュヒンがエリザベートで優勝してリサイタルをつくった。日本側のマネージャーも長年のつきあいで、優勝後の彼をすぐ日本に紹介できたのもよかったと思う。彼の演奏はナタとかマサカリで「バン!」と切ったような切れ味の良さがあった。これはプロコフィエフ向きだ。


2度目の仕事を作るとき「プロコフィエフのソナタ全曲演奏会をやらないか」と提案した。すぐにOKの返事が来た。本人も自分のピアニズムのことは一番よくわかっている。きっとやりがいを感じたのだろう。彼の英語のプロフィールにも武蔵野でプロコフィエフの全曲を弾くという文字が躍った。こうなると真剣だから、もう最高の公演になる事は請け合いだ。やがて彼はこのプロコフィエフ全曲をモスクワやパリやロンドン、ニューヨークなんかでやることもあるだろう。


世界も日本も、本当に繋がっているのだ。


このプロコフィエフのピアノソナタ全曲演奏会、次にやるのはいったいいつになるのか判らないが。全曲を通して聴いてみて見えてくるものがあると思う。スクリャービンのソナタ全曲をやったときも随分多くのことを学んだ。コジュヒンの真剣勝負。聴いて下さるお客様、是非会場にいらしてください。


駒込にリセットという小さなイタリアンがある。ホテル西洋銀座アトーレの料理長を長くつとめエム・ディ・ピューで独立したが店をたたみ、駒込新たな店を開いているのだ。気鋭の若いシェフとは違い、良い素材を使ったケレン味のない皿を出している。ああ、室井さん。何度も食べたなあ。懐かしい思われる方、是非どうぞ。本人がカウンターに出ています。少し前にテレビに出て店があれていましたがやっと落ち着いてきました。


■1月26日(土)、27日(日)両日15:00 デニス・コジュヒン ピアノ・リサイタル
http://www.musashino-culture.or.jp/eventinfo/2012/09/post-118.html


 
 

茶室で○○

投稿者:ひよこちゃん


昨日「松露寄席第20回記念 日向ひまわり独演会」が完売と相成りました。
ご予約いただいた皆様どうもありがとうございます。


松露寄席は2009年11月に始まりましたので、今年の11月で丸3年となります。丸3年でちょうど20回なので、2ヶ月に1回くらいのペースで開催しています。
記念すべき1回目は、武蔵野でもお馴染み三遊亭遊雀師匠と、当時は二ツ目で、9/8の第18回に真打昇進記念として出演して下さった笑福亭里光師匠の2人がご出演下さりました。


基本的には真打+二ツ目でお1人ずつ出演していただく形式なのですが、9/8の第18回のように新・真打2人というような時もありますし、20回記念公演は講談師・日向ひまわり師の独演会。また、もう少しで正式に発表ができるのですが、二ツ目二人会なるものを開催しようとも企んでおります。


この二ツ目の二人会も含めますと、年度末つまり来年の3月までに、現在未発表のものであと5回松露寄席を予定しております(12月、1月×2回、2月、3月)。かなりハイペースですが、1回に35名様しかお入りいただけませんので、これくらいやってもいいのではないかという試みでございます。
2月の会には、私がぜひ出て欲しいと初めて寄席(確か新宿末廣亭)で見たときから思っていた噺家さんに初登場していただけます。ぜひ情報をチェックしていただければと思います。


    
松露庵はもともと茶室ですので、寄席以外にも年に5回のお茶会も行っております。一般のお客様にも茶室などとしてお貸し出しをしております。閑静な住宅街の中に立っておりますので、あまり大きな音の立つことはしていただけませんが、茶室として以外にもちょっとしたギャラリー(設備がないのが難点ですが・・・。)や書道会なども行っていただけます。

    
私ひよこちゃんが1度やってみたいのは、松露庵での集団シエスタですね。みんなで太陽の日差しを浴びながらお昼寝をする。いかがでしょうか?今の季節は暑すぎず寒すぎず一番いい季節だと思います。



↑こんなお庭を眺めながらするお昼寝はさぞ気持ちいいでしょう!


コンクールと賞金

 

投稿者:ヤマネ
 
 
 
お金の話をするのは芸術にはふさわしくない、と感じる方もおられるかもしれません。特に日本ではお金の話はあまりおおっぴらにしないものだ、という考えが昔からありますよね。
 
 
例えば不肖私も、ピアノのレッスンに行ったときは、必ず封筒(郵便番号を書くところのない、無地のもの)に新札を入れ、レッスン室の隅に置かれた机にそっと、置いたものです。そうすると先生が、すっと、タイミングをみてお取りんなる・・・・。そんな感じでした。
 
 
お札だけを手渡しなんてとんでもない!超失礼!と諭されたものです。うっかり、レッスンの直前になって新札がないことがわかったら、あわてましたね。私はしたことがないのですが、アイロンをかけた(お札にアイロンです!)、という話も聞いたことがあります。
 
 
いや、これは別に、これがいいとか悪い事だとか言いたいわけではなくて、ああ、そう言えばそうだったなと、このブログを書き始めてふと思い出したことをつらつらと書いただけです。
 
 
閑話休題。芸術家も生きて行かなければなりませんから当然お金が必要です。そして若い人達は、世にでるためコンクールというチャンスが与えられており、だいたいのコンクールでは賞金が出ます。先日開催した武蔵野市国際オルガンコクンクールでも、第1位には120万円という大きな賞金が与えられました。
 
 
でも、世界にはもっとたくさん賞金がもらえるコンクールもけっこうあります。例えば、昨日結果が出たハノーファー国際ヴァイオリンコンクールの賞金はかなり高額です。第一位は50,000ユーロ!およそ500万円と言いますから、とんでもないことです。ヴァイオリンのコンクールでは世界最高額なのだとか。
 
 
今回は1位が二人でしたので、おそらくは、一位と二位の賞金を足したものを半分ずつ分けたのではないでしょうか。公式ページをみますと2位が30,000ユーロとありますので、それぞれ40,000ユーロもらったのではないかと想像します。そうするとチロルチョコが一体いくつ買えるのか・・・考えただけで鼻血がでそうです。
 
 
■ハノーファー国際ヴァイオリンコンクール公式サイト(ドイツ語/英語)
 

滅多に第1位が出なかったコンクール

投稿者:I.D

セバスチャン・マンツのチラシにはデカデカと「ミュンヘン国際コンクールで40年ぶりに第1位誕生(クラリネット部門)」と書いてあります。40年ぶりって凄いですよね。ホントに40年間優勝者が出なかったのでしょうか。もちろん出なかったのです。チラシに嘘偽りはありません。

 

ミュンヘン国際コンクールはドイツ公共放送連盟が主催で、1952年に始まった“歴史と伝統のある”コンクール。ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、トランペット、オーボエ、クラリネット、ホルン、トロンボーン、ファゴット、サックス、オルガン、ギター、ハープ、打楽器、弦楽四重奏、金管五重奏、声楽、ピアノデュオ、ヴァイオリンとピアノのデュオ、チェロとピアノのデュオなどの30弱ほどの部門があり、そのなかから毎年4つほどの部門を選び行われます。1つの部門がだいたい4年~6年ごとに回ってくるようです。

 

1956年以前は順位というものが無く、一人の受賞者が選出されており、それ以後1位~3位がつくようになったようですが、受賞者一覧を見ていると2000年以前は“ほんっとに”第1位が出ていません。

 

クラリネット部門で前回優勝者が出たのは1968年。その優勝者はフランクリン・コーエン。その前は1957年にエドモン・ブーランジェ。60年の歴史でたった3人だけです。

 

オーボエ部門では昨日公演を行ったハインツ・ホリガーが1961年に優勝しており、1967年にモーリス・ブルグ。2007年にラモン・オルテガ・ケロ。こちらも3人だけです。

 

実は今年のミュンヘン・コンクールもクラリネット部門があり、9月14日に結果が出たのですが、今年もやはり第1位なし。2位をSergey Eletskiy、Stojan Krkulesk、Annelien van Wauweの三人が分け合いました。

 

しかしコンクールで1位を出さないというのはなかなか勇気がいるように思うのですが。実力の無いと思われるものを1位にするのも権威が損なわれますが、やはり1位が出るとコンクールが盛り上がるため、審査員や事務局も優勝者を出したい誘惑があるんじゃないでしょうか(想像です)。

 

*このブログを掲載したあと、ツイッターの書き込みで教えていただいたのですが、ミュンヘン国際コンクールは2000年頃からなるべく1位を出そうという方針に変わっており、多くの部門で1位が誕生しています。まだまだ勉強不足で申し訳ありません。今後気をつけます。

 

■セバスチャン・マンツの動画です。

ジャン・フランセのクラリネット協奏曲の第2楽章(クリスティアン・バスケス指揮バイエルン州立ユース管弦楽団)

 

 
 
 

コンサートいろいろ

 

投稿者:あ・と・お
 
オルガンコンクールがあったため、夏からオルガンのことばかり書いているような気がします。季節はもう秋。ですが、今回も、もうひとつオルガンのネタで…。
 
そのコンクールも終わり、さて次のオルガン・リサイタルは…というと、武蔵野文化事業団の主催では1月13日のベルナール・クデュリエの公演となります。ディアパソン誌などのCD賞に何度も選ばれている名手によるフランス古典から現代までオルガン音楽のエッセンスが余すところなく詰まったリサイタルになること間違いありません。
 
 
じゃあ、それまでオルガンは使われないのかというと、そんなことありません。さっき“武蔵野文化事業団の主催では”と前置きしましたが、私どもの主催ではなく、個人やグループでホールを借りてくださって、コンサートを開かれることもしばしばあるのです。
 
今日は、その借りていただいてのオルガン・リサイタルを2つばかりご紹介。
 
まずは、明後日(10/13)、世界的オルガニストの松居直美さんが、バッハの『ライプツィヒ・コラール集』の全曲演奏会を開催されます。バッハが晩年にまとめたもので、「いと高きところにいます神にのみ栄光あれ」などを含む名曲揃いの曲集です。
 
 
森武靖子さんは、2007年から年2回のペースで、バッハの全曲演奏会シリーズをおこなっておられます。これまで11回が終了。次回(第12回)は12月23日(日)に予定されています。
 
 
チケットは、それぞれのお問い合わせ先でお申し込みいただくか、武蔵野市民文化会館の窓口でも販売もしています。
 
この他にも合唱曲の中でオルガンが使われる演奏会なども予定されているようです。また、オルガンをいい状態で維持していくために、定期的に保守点検を入れ、空いている時間で弾き込みも行われています(これらは非公開)。
 
武蔵野文化事業団の主催以外の催し物について、「催し物案内」をご覧ください。
 
 
ホールもオルガンもたくさん使っていただいて、ありがたいです。武蔵野文化事業団主催以外の公演にもぜひ足を運んでみてください。
 

こだわり

投稿者:Director's Choice


グルメ情報誌などの、うどんの名店ランキングでベスト3の常連のうどん屋Aに行った時の事です。席に座るといきなり店主に「お客さん、麺マニアかい?」と聞かれました。


「何?麺マニアって?僕は豆大福、焼き芋、フランス料理、なんでも納得のいくものを探すけれど、麺マニアってものではないなあ。それに僕の仕事のやり方は"マニアック"というより、お客様に喜んで頂ける、今お出しできる最高のものをお客さんに出す感じなんだ」と答えた。


するとその店主が、「そうだよなあ・・・みんな私のことをこだわっている、と言うんだが、こだわりじゃないよね。素材の一つ一つ、全部にこだわっていたら、今日はこの素材のいいのがないからって、結局店を閉めなければならないから、自分が食べていけることも考えて、自分が納得できるものを出す感じだよね」と返してきた。


この店主、次のお客さんが入ってきた瞬間に黙ってしまい、後は一言も口を開くことはなかった。12月10日に武蔵野で開催するセバスチャン・マンツのクラリネット公演も、僕のそんな気持ちの上にあるものだ。


マンツを呼びたいと思ったのは4年前のミュンヘン国際コンクールで1位になった時で、クラリネット業界の人たちが「あれは、いいよ」と口々に言ってきた。彼はそうしているうちにルツェルンやザルツブルクの音楽祭に出演し、成長を続けている。どうしよう、呼びたいなあ・・・でも日本ではほとんど知られていないし、などと迷っていた。そしてマンツより先に、作曲家でもある天才クラリネット奏者、イェルク・ヴィットマンの日本デビュー・リサイタルを開催してしまった。


こうした中、マンツがロータス・カルテットと日本で共演する計画が昨年になって持ち上がり、それなら絶対リサイタルをやりたい!という事になったのだ。「1,500円でお出しできる今最良のクラリネット奏者の一人です。ヨーロッパで最も注目されている新星に間違いがありません!」チケットが残り少なくなってきました。とてもありがたいことです。


そんなうどん屋の中で新宿の慎(しん)を紹介したいです。昼~夜通し営業で便利な上に、かなりの美味。もしかするとお客を選ぶ店かも知れませんが、今注目です。


■12月10日(月)19:00 セバスチャン・マンツ クラリネット・リサイタル
www.musashino-culture.or.jp/eventinfo/2012/09/post-114.html