自由か、安定か。

投稿者:Director's Choice


ヨーロッパ、特にドイツ語圏で活躍する若い歌手たちは、オペラハウスの専属歌手になって、安定した収入を得ながらレパートリーを増やしていくことが多い。ウィーン国立歌劇場の専属歌手などのトップレヴェルにはそう簡単になれるものでなく、小さな劇場でキャリアが終わってしまう人が多いのも周知のところだろう。


こうした中で、やりたい仕事だけを引き受けてフリーランスで歌い続ける人もいる。これは自由だが、競争を勝ち抜け厳しい道を行かなければならない。


11月10日(土)のハンナ・ヘアフルトナーは後者のタイプだ。声が美しく古楽、オペラ、現代音楽のどれも歌えるからこそ選んだ道である。ウィーン古楽祭、ベルリン国立歌劇場、ルール・トリエンナーレと各々の分野で最高の舞台に登場したが、仕事の選択には妥協がない。


コロラトゥーラ・ソプラノで「魔笛」の夜の女王の依頼が幾らあっても、絶対に受けない。武蔵野のリサイタルでも「日本人がほとんど知らないアリアだけれど、他のものに変えないか」と言っても「考え抜いた結果の曲目だから変えない」と信念が揺るがない。自由でいるためには強くなければならない。


さて、中目黒にファイヴスター・カフェというシンガポール料理店がある。ここのブラックカレーは実に美味である。(ちょっとわかりにくい場所なのだが、駅からは5分かからない。)
 

■ハンナ・ヘアフルトナー ソプラノ・リサイタル公演詳細
www.musashino-culture.or.jp/eventinfo/2012/08/post-104.html


  

ピアノの内部奏法について、傾向と対策

投稿者:ヤマネ


ピアノのファンの方ならよくご存じだと思うが、ピアノは普通に鍵盤を押し下げて音を出す以外に、特殊な演奏奏法がある。


ガバチョと斜めに開けられたグランドピアノの大きなふた、その中に手を突っ込み、中に張られた鋼鉄製の弦を直接さわったり、ばちや棒で叩いたり、チェーンを投げ込んだりなど、いろいろな仕掛けをして演奏したりするというのが、それだ。全く想像外の音がでたりするので、聴いている分には結構楽しい。


たとえばジョン・ケージの「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」が有名だ。上記写真をご覧頂きたい。このように、ネジやゴムなどをピアノの弦に直接ねじ込んで音質を全く別のものに変えてしまう。この曲の一部は2010年の11月21日に、デイヴィッド・グレイルザンマーという人が武蔵野で演奏した。このときは、普段はリハーサル室に置いてある古いスタインウェイを使用している。


なぜ古いスタインウェイを使ったかというと、それはこの飛び出た物体どもが「ピアノを傷つける可能性があるから」である。すぐにお解りになる通り、ネジなど、硬い物体をピアノの弦に突っ込むと、やはりキズが付きやすい。


そんなわけで、世の中の多くのコンサートホールは「ピアノ内部奏法あり」と連絡が来たら、ギョッとする。そうして、どう対応するか考える。「絶対にダメ、曲を代えて」「楽器を借りてあげよう」「楽器を自分で手配して持ってきて下さい」「いーよーオッケー」という所など、反応は様々。


こんな事を書いているのも、実は今度10月11日(木)ハインツ・ホリガー公演(完売)も、内部奏法アリとの連絡が来たからだ。内容を調律師さんと共に検討した結果、まあ大丈夫だろうOK、あとでよく弦をクリーニングすりゃ問題なさそうだ、ということで、今回は通常のコンサート用スタインウェイを使用することになっている。


チケットをお持ちの方は、ピアノの特殊な奏法もワクワクと楽しみにしていて下さい。


 

新世界へ

投稿者:ひよこちゃん


昨日、世田谷パブリックシアターで上演中の「英国王のスピーチ」を観てきました。アカデミー賞作品賞などを受賞した映画の舞台版で、主役のジョージ6世を少年隊の東山紀之さんが演じていました。


もともと映画を観ていたのでストーリーはほとんど頭に入っており「あれを舞台にするのか。わざわざ舞台にしなくてもいい気もするな。面白いのかな」と半信半疑ながらも観に行ってみたのですが、これがとても素敵な舞台に仕上がっていました。これぞプロの仕事という感じです。3階席でも9000円!なので、貧乏暇なしのひよこちゃんからすればかなり大枚をはたきましたが、確かにその価値はあると思います。


そして、舞台そのものも興味深かったのですが、同じくらい興味深かったのが客層。東山さんのファン(追っかけ?)が多数いらっしゃったようで、もう既に何度も観ている人がいたようです。ちょっと面白かったのでついつい聞き耳を立ててしまったのですが、「昨日とは○○のシーンの演技がちょっと違ったわ」とか「あそこのシーン、昨日より良かった」とか「もうだいぶステージ重ねたせいか、最初の頃よりだいぶ芝居がなじんできてるわよね」とか、皆さん何回観てんですかと聞きたくなるようなコメントが多数聞かれました。しかも数組だけではなく、たぶん2~3割がリピータなのではないでしょうか?普段同じ芝居を2回以上行くことなど無いですし、特別に誰かや何かを追っかけた経験などないので、こういう人たちが(多数)いるのだという発見は新鮮な体験でした。


 
 

円熟の志ん輔

投稿者:I.D

11月の武蔵野寄席《秋》のトリは、大名人・古今亭志ん朝師の4番目の弟子・志ん輔師である。

 

志ん輔は高校二年の時まで、全然落語を知らなかったそうだが、たまたまチケットをもらった志ん朝の落語会に行き、志ん朝が高座に上がった瞬間、そのオーラに圧倒され、そして『火焔太鼓』に完全ノックアウトさせられたと言う。その時にもう落語家になる決意をしたというのだから、これは運命に導かれたとしか思えない。

 

その後、電話帳で調べた志ん生宅や、なんとか調べ当てた志ん朝宅へ弟子入り志願で通うが、なかなか許されず、一門で最も入門に時間がかかったのが志ん輔だそうである。しかし、『明烏』『妾馬』『宿屋の富』『子別れ』『お見立て』『小言幸兵衛』『井戸の茶碗』…、志ん朝から直に教わった噺が一門一多いのも志ん輔という説がある。

 

まだ二ツ目で朝太を名乗っていた頃にNHKの『おかあさんといっしょ』のコーナーに抜擢され、お茶の間の知名度も一躍アップ、それは17年間も続く名物コーナーとなった。

 

2001年に63歳で師・志ん朝が亡くなり、人生観が変わるほどの衝撃を受けたという志ん輔。「俺が師匠の享年になるまでに15年しかない」ということに気づき、1年に1本の噺を丹念に仕上げていこうと決意をする。

 

志ん輔は師の死後、高座で志ん朝が“降りてきた”と感じることが何度もあったという。『お見立て』や『宮戸川』をやっているとき、志ん朝が乗り移り、ああしろ、こうしろと言うのでその通りにやると客の反応が格段に良くなり、鳥肌が立つような思いだったと。

 

その反面、師の呪縛も感じ、師の模倣を脱することに苦悩を感じたこともあるという。偉大な、偉大すぎる師を持つ者が通る「受け継がなくてはならない」と「乗り越えなくてはならない」という苦しみを存分に味わっている志ん輔。その彼もあと4年で志ん朝が亡くなった年齢となる。“志ん朝の芸を継ぐ男”として彼は円熟の極みに達してきていると言えるだろう。

 

さて、志ん輔師は自身のホームページを持っているが、そのブログがとても充実している。現在は毎日更新をしており、彼の日々の出来事を追体験できるし、主に2009年頃までは、数多くの“寄席の人々”が紹介されており、一大絵巻と言えるほどである。

 

 

真理は少数派にあり

投稿者:Director's Choice


「真理は少数派にあり」と言ったのはキルケゴールだ。音楽会をつくる仕事をしていると、ヨーロッパで活躍しているいわゆる本物のアーティストのコンサートのチケットは売りにくいという現実に突きあたる。例えばニコライ・ルガンスキーとヨハネス・モーザー。この2人はチャイコフスキー国際コンクールの1位なしの2位になっている。このためか日本では(その実力と比して)この2人は人気が出ていない。


ヨハネス・モーザーにバッハの無伴奏の依頼をしてもう5年近くが経つ。今年の11/22(木)にやっとこのコンサートが実現する。
世界のトップ・オーケストラがチェロ協奏曲に誰を起用するか考えるとき、ヨーヨー・マを別格とすれば、その次に来る数人にモーザーは間違いなく入る。彼に対する評価はヨーロッパと日本で大きく違っているのだ。トッパンホールでのチケットは早くも完売しているので、半額で聴ける武蔵野公演をぜひどうぞ。


渋谷には長崎料理の店が多い。中でも池波正太郎が通ったという「ながさき」の皿うどんが良い。田中康夫(覚えていますか?)がおすすめのイタリアン(デート向きですね)として挙げたANTIVINOの隣だ。(ギャラリー・ル・デコに近いので演劇ファン向きかも)
ちゃんぽんはスープを飲みほしたい派のためにオーチャード・ホールから1分の「はしばやん」も便利でいい。

 

ヴァン・クライバーン、進行性の癌で自宅療養中。

投稿者:ヤマネ


ヴァン・クライバーンが進行性の骨のガンで、どうやら危ないようだ。78歳。


1958年、記念すべき第1回チャイコフスキー国際コンクールの覇者。クライバーンと言えば、私たちピアノを学んだ人間にとっては、必ず避けては通ることの出来ない、特別な存在だ。


ショスタコーヴィチにメダルを授与される写真や、ニューヨークでの歴史的な凱旋パレードの写真は、もちろん私はその出来事のはるか後年になって見たわけだが、脳裏に深く焼き付いており、今でも容易に、紙吹雪の舞うその写真を思い浮かべる事が出来る。


だがその実演に触れた人は多くないと思う。私も何枚かのCDと、DVDとでしか知らない。大きな存在だったが、巨匠と言われたわけではない。時代の寵児となり、振り回され、疲弊し、コンサートピアニストとしての華々しい活動とも縁遠くなって長い。


パートナーと共にテキサスのフォートワースに長らく住み、同地で開催される、自身の名前を冠したコンクール、それが遠く日本に住む我々との接点のほぼ全てだった。(最近では盲目のピアニスト辻井伸行が、このコンクールでハオチェン・チャンと優勝を分け合った。それによりこのコンクールの存在は一般にも知られるようになった。)


1996年に来日し協奏曲を弾いた時、演奏に対する評価はその頃も高くはなかったが、演奏を聴きに行った桐朋の私の友人が「感動のあまり涙を堪えきれなかった」と言ったのを印象深く覚えている。蛇足ながらこの友人は後日、ヴァン・クライバーン・コンクールに参加。クライバーン本人と話をする機会を得たそうだ。


地元の新聞、フォートワース・スター・テレグラム紙には、彼のパブリシストのコメントが掲載されている。「彼は自宅におり、極めて平静にしている。精神状態もよい。どうか彼をそっとしておいて欲しい」。また同紙には、近影を含む写真16枚が掲載されているが、衰えたその姿を見て、私はなんとももの哀しい気分になった。


クラシック音楽史上初めて、アルバムのミリオン・セラーを達成した人。トルーマンからオバマまで歴代の大統領全員の前で演奏を行った人。その人の生が、終わりに近づいている(もちろん、"奇跡的に回復"という可能性もあるのかもしれないが)。


一つの時代が終わりを告げようとしている。そしてクライバーンの名前は、ゆるやかに忘れ去られていく事になるのだ。


■ フォートワース・スター・テレグラム紙 2012年8月29日付の記事:
Van Cliburn diagnosed with advanced bone cancer
http://www.star-telegram.com/2012/08/27/4209871/van-cliburn-diagnosed-with-advanced.html
 

未来をのぞきこむ視線

投稿者:ひよこちゃん



さて、昨日予約開始の公演はクラシック音楽の公演以外にも、劇団青年団の最新作であるアンドロイド版「三人姉妹」もございました。青年団率いる平田オリザ氏は、現在の日本の演劇界を芸術面でも、また、制度・制作面でも引っ張っているパイオニア的存在です。氏の作品は、私が現在最も感銘を覚える演劇作品の1つであります。私が平田作品に心を動かされるのは、彼が描き出す"人間の孤独"に人間という存在の本質を感じるからだと思います。彼は誰しもが絶対的・本質的に抱える孤独のようなものを大仰に書き立てたり、殊更訴えかけるというわけではなく、何気ない会話からそれを意識の上に顕在化させます。平田氏の作品に「隣にいても一人」というタイトルの作品がありますが、これは平田作品の本質を端的に突いた言葉なのではないかと私は思っています。


今回の公演は、青年団が大阪大学教授の石黒氏とともに進めるロボット演劇プロジェクトの最新作になります。今回出演するアンドロイド「ジェミノイドF」を初めて見たときは、薄暗い明かりの中だったこともあり、女優さんが座っているのだと勘違いしたほど人間と区別がつきませんでした。チェーホフの名作「三人姉妹」を翻案し、ロボットやアンドロイドと人間が共生する未来の世界を描き出します。演劇業界のみならず、ロボット業界からもかなりの注目を浴びているとの声も聞こえてくるこちらの公演は大変好評のようで、早くも初日は事業団取扱分は完売しております。それ以外の回も残席が少なくなりつつありますので、ご予約はお早めに!

  


今回の「楽園」は5年ぶりに初演され圧倒的な人気を博した劇団の代表作で、待望の再演となります。"子供だけの楽園"とでも呼ぶべき場所で起きた、そしてその場にいたすべての子供の未来を変えてしまった、ほんのわずかな時間を描き出します。禁断の果実を口にしたアダムとイヴがそうであったように、"楽園"を追放された彼ら子供たちは、何からも守られることのない1人の人間としての辛く苦しい人生を余儀なくされます。


子供時代の話でありながら、同時に子供たちの未来を強く意識させながら舞台は進行していきます。シンプルなアイディアなのですが、これを表現する演出はとても面白いものです。要チェックです!
モダンスイマーズ「楽園」は明日9/4午前10:00から予約開始となります。沢山のご予約お待ちしております。


青年団 アンドロイド版「三人姉妹」予約ページはこちら
モダンスイマーズ「楽園」予約ページはこちら


 

武蔵野の"すご腕公務員"が新聞で取り上げられました。

投稿者:I.D   

 

先日、東京新聞で武蔵野文化事業団の“ある職員”が取り上げられました。

全文を掲載させていただきます。

さて、問題です。“ある職員”はブログも書いているのですが、一体誰でしょう。

答えは…、おわかりですよね。

(↓ クリックすると大きくなります。)

 

 

おまけ:

数日前、渋谷の文化村の「レーピン展」に行ってきました。19世紀ロシアの画家イリヤ・レーピンの日本初の本格的回顧展とのこと。

 

この展覧会にはムソルグスキーの有名な肖像も来ていました。ちなみにこの肖像が描かれた10日後にムソルグスキーは亡くなったそうです。ムソルグスキー・マニアの方は本物を観てみてはいかがでしょうか。

そのほかの絵もムソルグスキーやリムスキー=コルサコフのバックグラウンドが視覚化されているようで、ああ、彼らはこういう世界で音楽を作っていたんだと、興味深いと思います。

 

あっ、そういえばキュイの肖像もありました。(非常に数少ない?)キュイ・ファンもどうぞ!

 

 

『フィガロの結婚』出演の名花イザベル・レイ

投稿者:Director's Choice

プラハ国立劇場の『フィガロの結婚』の武蔵野公演にはスペインの名ソプラノ イザベル・レイが出演する。

 

もちろんプラハの専属歌手だけの公演でもよいが、世界の名花が一人入っていることも、オペラ・ファンには大きな楽しみだと思っている。(新国立劇場などなかった時代、藤原歌劇団に客演するイタリア人歌手を待っていた方も多かったと思うが、似たような感じである。)

 

プラハの公演の場合、日本の主要都市で客演を入れるので、ある程度長い間日本にいることが出来、べらぼうにギャラが高い人は避け…、地方でもその歌手の良さが分かってもらいやすい人を選ぶことになる。

 

これはけっこう至難のワザだ。

 

今回も色々考えたが、一人目に打診した若いイタリア人は、「え!何で私のこと知っているの?どうして、どうして?」と聞いてきたほど全く無名の人だが、この時期にスカラ座からオファーが来てしまった。ああ…、スカラは歌手をよく探してキャスティングしているのだ…。

 

次にオファーしたのがイザベル・レイ。

 

アーノンクールの『フィガロの結婚』のDVDも出ていて地方のどこに住んでいる方でも、このDVDを買えばレイがチェック出来る。その上、ウィーン国立歌劇場のフィガロにも出ているし…。実は「スザンナを歌って」と頼んだのだが、「ウィーンで伯爵夫人でロールデビューが決まったから、コンテッサにしたい」と言ってきた。ウィーンより一足先に、日本で彼女の伯爵夫人を聴くのはいいね!と即決。

 

東京ではコンサート・ドアーズ主催の2公演と武蔵野だけにレイは出演。あとの東京都内での公演にレイは出演しませんのでご注意を。

 

KAATに行くことが多くなった今日この頃、横浜中華街に行く回数が増えました。中華街のはずれにある華都飯店は美食ガイドなどには出てませんが、近くの中国人学校の迎えの人や、地元の中国系の方が次々と立ち寄り、一見の客にも親切です。聘珍樓の方がスタンダードが高いとか、福満園の内臓料理が良いという人も多いですが、清潔な店で誠実な料理と快いおもてなし…、美食の基本だと思っています。

 

 

慣れぬ封筒との格闘、そして悶絶へ。

投稿者:ヤマネ

 

会員の皆様にダイレクトメールをお送りする、作業をしております。ただし、今回はスペシャルバージョンです。何がどうスペシャルか、というと、中身もともかく、見た目からして普段と違う点が2点あるからです。

 

1:封筒が大きい(A4サイズ)

2:封筒がビニールである

 

 

 

上記二点なのですが、これが実に、いやはや。

 

人間の慣れというものは恐ろしいもので、私どもは常々、いわゆる普通の形の封筒でお送りしております。「友の会感謝コンサート」と呼ばれる特別な公演のダイレクトメールも、ま、少し形が違いますが、いずれにせよ、小型の“紙の”封筒なわけです。その封詰め作業に我々は慣れているのです。いやむしろ、慣れきっているのです。

 

であるからには、えー。単刀直入に申しまして、不慣れなビニールの大型封筒を目の前に「困難だ」「難解だ」「歯が立たぬ」「浮き足立った」「壊走」という語が続々と頭に浮かんだのでした。

 

ご想像下さい。ビニールは紙の封筒よりも、自由です。フニャフニャしています。そこにA4の紙を入れようとすると、あちこちで渋滞が起こるわけです。あっちでつっかえ、こっちでつっかえして後、ようよう、しかるべき位置に納まるのです。

 

さらに。当然の事ながら、封筒というもの、封詰めされましたらどんどんと机の上に積まれて行きます。紙の場合ですと、何と言うのでしょう、摩擦が大きいので、積んでいってもちゃんと、それなりにあやういバランスを保ちつつタワーとなってくれるのですが、何たることかビニールはここでもその自由さを発揮。少しでも「かしいで」いようものなら、ツツ、ツーと滑って落下。のみならず、落下時には一人で落ちず、友を伴ってお落ちになるため、大崩落を誘発するのでした。その時の絶望感。ああ。

 

これが何度も繰り返し繰り返し起こるに至り、ついに私のストレスは極限に達するのであります。あれは昨晩、夜も更けた丑三つ時の事です。私はやおら椅子から立ち上がり、再び起こった滑落の現場を指さし、デアーッ!!!と意味にならぬ奇声を突如発し、事務所の周囲の皆様をビクッ、とさせたのでありました。(ウソ)

 

そんな、普段よりも真剣な(普段も真剣ですが)気持ちで封入しましたダイレクトメールですので、皆様のお手元に届いたあかつきには、おうおう、お疲れ様、よくぞ届いてくれたとねぎらいの言葉をかけ、1,000~5,000回ぐらい中身を熟読して下さると嬉しいです。