そりゃあ、接客業ですから、自分の臭いは気にしています(キリッ)

投稿者:ヤマネ


臭いの話を書きます。お食事中の方はごめんなさい。後で読むか、読まないでもいいです。


皆様は公共の場に出かけるときは自分の臭いを気にされるだろうか。私自身は、自分の臭いが気になる方だと思っている。くさいものハンター(?)小泉武夫教授(→wikipedia)のように臭いをかぎ分けられるようなそんな凄い能力は全くないが、ま、どちらかというと気にする方である。


夏の、しかも大気が動きを停止しているのではないかと思われる程どんよりと蒸す夜、終電などにうっかり乗ると大変だ。様々な臭いが四方八方よりモワーンとお越しになるので、キゼツしそうになる。(それにしても東京の終電が「すし詰め」の大混雑だという事実、初めて体験したときは仰天したものだ)


なので、自分自身の臭いにも気をつけたいと思っているのだが、残念なことに自分自身が発生させているにおいは「あまりと言うかほとんど、いやむしろ絶対判らない」。この決定的難点が、我々人類に共通する一大問題なのである。非常に困る。


私は一応、事務員であり、日夜ひっそりと事務室の隅でキーボードを叩いているのだけれども、公演の前後はご来場頂いたお客様と直接お話をするし、はたまた楽屋など舞台裏では公演の出演者と会話をしたりもするわけで、そんな時、体臭、口臭などがきついとお客様などから大ブーイングなのに違いないのであって、そこはそれ、気をつけてはいるつもりでも、やっぱり判らないものは判らない。しょうがないからせいぜい出勤前に自宅でネコに向かって息を吐きかけ、さあ臭うか、どうだ、と問いつめたところで、ネコはせいぜいつまらなそうに欠伸をするのみなのだ。


たとえば、公演がある日はニンニク的な物を控える。香水はつけない(普段から滅多につけませんが。脱線しますが、英語では香水をつけるとは言わず「着る」wearと言いますね。服と同じで日常的なもの、という感覚でしょう)、はたまた、特に今の季節、洗濯が生乾きにならないように気をつける、どうも口が臭うかなと思ったら腹から臭いを消す「飲む」ブレスケアをやってみる、など試みてはいるが、実際の所はわからない。


もし万が一、私から臭いが発散されていたら、気づいた方はどうぞどうぞ、こっそり教えて下さい。

  
  

『ピグマリオン』稽古開始

執筆者:あ・と・お
 

今年はジャン=ジャック・ルソー生誕300年。一般には社会思想家として知られるルソーの、音楽家としての側面に光をあてる企画が武蔵野では続きます。5月11日に彼の歌劇『村の占師』を上演したのをご記憶の方も多いでしょう。おかげ様で、多くの方から好評をいただきました。

 

今月30日には、音楽独白劇『ピグマリオン』の公演が武蔵野市民文化会館小ホールであります。先週から舞台での稽古が始まりました。一人芝居の台詞と台詞の間で音楽が奏され、その音楽は台詞の表現を深めたり予告したりする役割を果たします。台詞と音楽が表裏一体の関係となり物語は進行していきます。この手法を始めたのがルソーだったのです。元になった話はギリシャ神話。彫刻家の苦悩と愛の物語です。今回は二期会などで活躍中のバリトン歌手の北川辰彦さんがピグマリオン役を演じます。稽古では、台詞の理解を深め、それを表現し、音楽との繋がりぐあいをひとつひとつ確認していく作業を続けていらっしゃいました。

 

なお、今回は日本モーツァルト研究所と武蔵野文化事業団がチケットをほぼ半分ずつ販売しています。武蔵野文化事業団分のチケットは完売していましたが、日本モーツァルト研究所から若干枚数戻ってきましたので、追加販売いたします。

 

ルソー:音楽独白劇『ピグマリオン』

www.musashino-culture.or.jp/eventinfo/2012/02/post-33.html

 

また、6月29日からは武蔵野市民文化会館1Fの展示室で「音楽家ジャン=ジャック・ルソー展」を開催いたします。『村の占い師』の初版譜、自筆書簡ほか、『音楽事典』『エミール』『新エロイーズ』『人間不平等起源論』初版、『ピグマリオン』関連資料など一挙に100点を展示いたします。こちらは入場無料です。

 

音楽家ジャン=ジャック・ルソー展

www.musashino-culture.or.jp/eventinfo/2012/06/7-2.html

 

この機会をお見逃しなく!


 

マルクーセン様を接写

投稿者:I.D   

おそらく多くの皆様はリコーダーやハーモニカは吹いたことがあるのではないでしょうか。ピアノや、ヴァイオリンでもキチンとは弾けなくても、触ったことはあるよ、という方は沢山いることでしょう。しかしパイプオルガンをごく間近で見たことがある、ましてや弾いたことがあるという方はそんなに多くはないはずです。

 

本日は皆様に成り代わりまして、私が武蔵野市民文化会館小ホールに鎮座ましましているパイプオルガン「マルクーセン&ソン」を激写したいと思います。私もここで働くまでは、こんなにパイプオルガンに近づいたことはありませんでした。それまでの最も近づいた記録は、6年前「フランシス・ヤコブ オルガン・リサイタル」にお客として来た時に座った5列目でしょう。ちなみにこのコンサートはJ.S.バッハの「クラヴィーア練習曲集第3巻(全曲)」でしたが、曲の合間合間に演奏者本人が教理問答コラールを歌うという、ちょっと不思議なものでした。…すいません、脱線しました。

 

ではまずは前菜として(?)ストップから。ストップとは音の種類を選ぶために使うスイッチのことです。マルクーセンは鍵盤の横にあり、「ノブ型」といわれるものです。これを引っ張り出すと音が鳴り、押し込むと鳴らなくなります。同じ曲でもこのストップの“調合”をいかにするかが重要となります。

 

前菜2品目、足鍵盤(ペダル)です。オルガニストは手と同時に、足でも鍵盤を押しているのですね。ヨーロッパは「平行型」が主流で、イギリス、アメリカは「放射状」とのことです。マルクーセンはデンマーク製ですので、「平行型」です。左上にあるのはカプラーと呼ばれる手鍵盤の1段目、2段目、3段目をつなぐ装置。演奏中に演奏者のすぐ上の小さなパイプの扉が開け閉めされることがありますが(あれ絶対見ちゃいますよね)、この開け閉めをするのが、右にある「Ⅰ」と記されているペダルです。

 

いよいよメインディッシュの(しつこい)、手鍵盤です。注目していただきたいのは右上にある「Load」「Save」と書いてあるところです。多くのストップを曲ごとに全て操作する手間を省くために、一度作ったストップを記憶させておくことができるのですが、それをこの左上のところにフロッピーディスクを入れて、書き込むのです。パイプオルガンとフロッピーディスク…。イメージがあまりに離れているため、はじめ聞いたときは上手く繋がりませんでした。生産が終了されつつあるフロッピーが完全に手に入らなくなったら、システムを入れ替えるのでしょうか…。

 

デザートに演奏者の視点から見上げたオルガンです。

 

さて、この秋にある第7回武蔵野市国際オルガンコンクールに向けて、7月にはプレ・イベントが目白押しです。是非お越しくださいませ。

 

伝統と、革新

投稿者:Director's Choice

創業寛政○年、変わらぬ伝統の味・・・などというコピーを見ることがある。僕は食べることが大好きで、江戸の料理を出来るだけ忠実に出している料亭などに行ったこともあるが、必ずしもおいしいとはいえなかったりする。


僕は伝統を守ると言うことは、伝統を受け継ぎながら行う革新である、と考えているが、たとえば和菓子などでも江戸時代のものをそのまま出したら今の時代、受け入れることはむずかしいのではないか。(ちなみに僕の好きなオール・ラウンダーの和菓子店は日本橋の長門茗荷谷の一幸庵だ。)


さて、文化事業団は江戸時代から続く糸操り人形劇の「結城座」の公演を長い間行っているが、昨年から古典にこだわらず、新作も上演するようにした。昨年はシェークスピアの「真夏の夜の夢」。今年は石川啄木をテーマにした「笑うタクボク・雲は天才である」(6月30日土曜日、7月1日日曜日、武蔵野芸能劇場)だ。江戸から続く伝統の術を現代においてどう生かすのか。「伝統と革新」というテーマは芸術を志す者にとっては永遠のテーマとなっており、人形劇を観ながら、企画しながら、僕も考え続けている。


【追記】結城座の最新作「笑うタクボク」公演は19日木曜の午後5時現在、6月30日(土)午後2時公演が残券15枚、7月1日(日)午後2時公演が残券14枚、両日完売間近となっております。まだチケットをお持ちでない方は、どうぞお見逃しなく。

  


こちら現場!武蔵野チラシ、絶賛印刷中!

投稿者:ヤマネ

以前I.D氏がチラシの印刷についてちらりと書いたことがありますが、武蔵野文化事業団には秘密の印刷工場があります。工場と言って大仰であれば、例のチラシを印刷し、3つ折りにする作業場とでも申しましょうか。


印刷機が2台、そしてチラシを3つ折りにする機械が2台、そして気休めの扇風機も1台あります。なんせクーラーのない秘密部屋ですので、夏場は猛烈に暑くって絞れるほど汗が出ますよ、ええ、ええ(ヤマネ氏談)。場所は・・・残念ながらそれは内緒です。機密事項をくすねられたりしたら大変ですから(ウソ)。


そして現在、秘密ルームは激烈に稼働中です。


そもそも我々は専門の業者ではないので、印刷には時間がかかりますが、武蔵野文化事業団は何と言っても倹約一筋!27年7ヶ月です。自前の印刷の方が遙かに安上がりというのは、代え難い事実なのです。当事業団のチケット料金を、低く抑える事が出来ているのも、この低コストなモノクロ印刷のおかげ、でもあるのです。もちろんこれだけが理由ではありませんが、ま、理由の一つです。他の理由については・・・またいずれ。アハハハ。と笑って茶を濁しましょう。


チラシは1種類につき1万部ぐらい刷ります。昨日測ってみたら1万部印刷するのに1台で70分ぐらいかかりました。つまり10種類印刷すると700分(11時間40分)ぐらいかかるという計算ですね!!あ、2台動かすから半分350分(5時間50分)ですか。って全く何の意味もない計算ですが。


実際にはずっと印刷機の横に張り付いて作業を出来るわけでもないので、もうちょっと時間がかかります。昨晩の私は5万部刷れました。そうすると上の写真のような感じになるわけです。(見えにくいですが、写真の奥側にもう一列同じタワーが出来ております)


こいつら、いえ、こやつら、いえ、このおチラシ様方のインクを(理想を言うと)一晩かけて乾かし、それを3つ折りの機械にかけるのです。・・・が、その機械についてはまあ、また次回にでも。


それではいずれまたお会いする日まで、ごきげんよう!

  

吉田秀和とレイ・ブラッドベリを悼む

投稿者:ひよこちゃん


    

 

   
もうひと月ほど前、日本を代表する音楽評論家である吉田秀和氏の訃報を耳にした。
恥を承知で告白すれば、私は彼の著作を全く読んだことがなかった。


そして、10日ほど前、アメリカの著名なSF作家、レイ・ブラッドベリの訃報が届いた。
これも恥ずかしい話だが、私は彼の著作に関しても、いい読者ではなかった。

   
もちろん、私は彼ら2人とも、面識などあるはずもない。私が一方的に知っているだけの関係だ。それでも、私は彼らの訃報を耳にしたとき、重い鉛の玉がお腹にぶつかったような鈍く重い衝撃を感じた。「弔いを」と思ったときに、私の心に浮かんだのは、彼らの書いた本を読むことだった。作家として生きた彼らの生の名残がそこにはあるのではないかと思ったのだ。そこに生き延びる彼らに、やはり一方的に手を差し伸べることが、たぶん赤の他人の私にできる唯一の弔いなのだと。


吉田氏の著作では『世界のピアニスト―吉田秀和コレクション』(ちくま文庫)を手に取った。特にこれでなくてはならない理由などなかったが、11月に武蔵野でも公演を行うツィメルマンが言及されているのを知り、第1歩目はこれにした。
そして、レイ・ブラッドベリの本は、最も有名なものの1つである『火星年代記』(ハヤカワ文庫)を読むことにした。


   
2人の著作を読み進めて気づいたのは、彼らの文体の美しさだ。改めて私が言うことではないことだが、ここまで美しい“音楽評論”、ここまで美しい“SF小説”、ともにそうそうあるものではないだろう。そして、その美しさは、彼らの「声」に裏打ちされているのではないだろうか。言葉が作り出す表象を超えて、彼らの心の叫びのようなものが遠くから響いてくるのが聞こえてくる。肉体は死してなお、ここには確かに彼らを感じることができるのだ。


丁寧に1ページ1ページ、本をめくりながら、私は吉田氏の熱い思いに唸らされてしまう。ミスター・ブラッドベリが口から唾を沢山飛ばしながら私に語りかける言葉に、1つ1つ相槌をうつ。彼らが遺したものはほとんど果てがないほどに多い。私はその全てを辿ることができないかも知れない。それでも私にも彼らに語りかけることが許されるのであれば、私はきっとこの2つのだけは言うだろう。


  
「おつかれさまでした。天国でゆっくりお休み下さい」
そして、「ありがとうございます」、と。


それが、死者に、彼らの遺した「声」に、今の私が応えられる唯一のことなのではないかと思うのだ。

 

    

操り人形を買おうと思った事はありますか?

投稿者:I.D   

人形劇が盛んなチェコを旅行したときに人形劇を観て以来、人形劇は大人も楽しめるものだとの認識を持っている私ですが、高レベルな人形劇というものには、とても“詩”を感じてしまいます。さらに人形という“異形のものたち”の実在感が、“すぐそばにあるけど普段は気が付かない奇妙な異空間”へ誘ってくれる感じが好きで、質の良い人形劇と聞くと見に行きたくなってしまいます。

 

さて、飯田橋にある“日本で初めてのパペット専門店”「パペットハウス」をご紹介したいと思います。ここは小さくて可愛らしい指人形から、本格的な糸あやつり人形まで多くの人形を売っており、小さな企画展や、ワークショップまで催したりしている楽しい店です。ここに掲載されているもので私が好きなのはやはり(?)、イジー・バレシュのものですね。見てるだけでワクワクする人形たちです。でもミヒャエラ バルトニョバー & アントニーン ミュレルの「偽医者」も捨てがたいですね。いつか買いたいな、それまで売れなければいいなと思っています。(彼らの作品は高額なので今は手が出ないです…。)

 

さてさて、公演まで2週間となった結城座にも勝るとも劣らない素敵な人形たちが出演します。人形自体をみるのも大きな楽しみの一つとなるでしょう。

 

おまけ

結城座が創設されたのは1635年ですが、武家諸法度で参勤交代が義務化されたのがこの年のようです。一つの人形劇団が、そのような昔から時代の波を乗り越えて続いているってすごいなぁ…。

 

500円でコンサート、500円でピッツァ

投稿者:Director's Choice


7月にオルガンコンクールのプレ・イベントとしていくつかの500円のコンサートを企画した。チケット代が安いと、あまりたいしたものではないと思うから行かない、、、というお客様に時々出会う。仕事柄年に500回以上の公演を観る私としては、チケット代はとにかく安いと助かる・・・。


今回の500円コンサートシリーズは、普段オルガンにあまり興味を持たれない方々にも、この楽器を楽しんでいただきたいと考えての特別料金で、各々聴き所が違っている。


7/13(金)の田村直美+クリスティーナ・カオリ・林はポップス・ファン向け。ヘヴィメタルどっぷりの中高校生時代を私は過ごしたこともあり、田村直美と言えばPEARLのヴォーカリストなのだが、今PEARLといっても知っている人は少ないのかしら・・・。紅白にも出たロック・クイーンをお楽しみ下さい。


7/19(木)は松居直美さんのレクチャーコンサート。オルガンコンクールの課題曲は一般に知られていないので、コンクールを楽しむためのイントロダクションとしてレクチャーコンサートを行います。あまり他のコンクールでは見たことがありませんが、これを聴けばオルガンコンクールを100倍楽しめる!と考えて松居さんにお願いしました。


7/24(火)のピーターと狼は、今回のためにオルガニストのメルカールトと徳岡めぐみがアレンジを行い、こんにゃく座の豊島理恵が朗読をします。バギーで来られる企画でありながら(0歳児から入場可能)、内容は手抜きなしです。


500円で手抜きなし、という意味で、渋谷/恵比寿のオステリア・ミランの500円のピッツァはお勧めです。ナポリの人からしたらローマのピッツァは江戸前に対してカリフォルニア・ロールみたいなものかもしれませんが、このミラノ風ピッツァはなかなかです。現地ミラノの味と値段をそのまま日本へ!というシェフの心意気が伝わります。

ソプラノ歌手アンナ・スキビンスキーさんとの愉快な対話

投稿者:ヤマネ



明日、武蔵野市民文化会館小ホールでリサイタルを開催するソプラノのアンナ・スキビンスキーは、ロシアで18年育ち、その後イスラエルへ。そしてイタリアの歌劇場などで活躍する傍ら、ニューヨークのマンハッタンにも居を構えるという。聞いてみれば、ロシア語、英語、イタリア語、ヘブライ語、そしてフランス語を少し話すという。うむ、うむ、国際派だな。重々しく首肯する私である。


それにしてもスキビンスキーさんは気さくで冗談ばかりを言っている人だ。ピアニストの斎藤雅広さんのブログにもリハーサル時の状況が書かれているのでぜひそちらもお読み頂きたいが、リハーサルへの行き帰りの道でもずーっと、おしゃべりをしっぱなし。


愛する故郷ロシアの春夏秋冬の美しさ(とりわけ冬の雪景色は特筆すべきものだという)、ロシア人がいかに妙な人たちであるかと言うこと(あれこれ理由を付けウォッカを大量に飲むこと、そしてその特異な飲み方)、あるいは厳しい戒律を持つユダヤ教徒の、日本人にはにわかに信じがたいエピソードなどを実に愉快に話す。


「女性の声を聞いてはいけない」(もちろん宗教的理由で。女の声は男を惑わすから、というような理由だそうだ)と信じる人たちの前でうっかり歌ってしまい、その場が恐ろしい大混乱に陥った時の話なども実におかしく、爆笑に次ぐ爆笑であった(おもしろおかしくと言っても「こういう戒律を守る人々は本当に尊敬する」とまじめな顔で言っていたので、誤解のなきよう)。


人柄というのはステージ上でも表れるものである。きっと見ていても楽しめる幸せな公演になるに違いない。

 
  

ひよこちゃん、初めてサイン会に並んでみる。

投稿者:ひよこちゃん


 
先日、ひよこちゃんは都内某所にヴァイオリンのリサイタルを聴きに行って参りました。ヴァイオリンの美しい響きを堪能し、あっという間に前半のプログラムは終了し休憩へ。するとロビーでは出演者のCDが販売されておりました。


普段はあまり物販を買わないひよこちゃんなのですが、お手頃価格のCDもあったので、珍しく購入してみることにしました。すると、終演後にはサイン会があるとのこと。ふむふむ。


ひよこちゃん今まで(クラシックのコンサートに限らず)サイン会に並んだことなどありませんでした。それは、あまりサインに興味がない(演奏あっての演奏家なので、演奏以外のものは別に興味がありません)からなのですが、「サイン会に並ぶってどんな感じなのか知りたい!」という謎の好奇心が発動され、終演後のサイン会に並んでみることにしました。


しかし、終演後ボヤボヤしていましたら、もう既に列はかなりの長さに。最後尾にちょこちょことついて並ぶことにしました。こんだけ長いとかなり時間かかるかなと思ったのですが、意外にも列はサクサクと前に進んでいきます。(マナーのいいお客さんが多かったのでしょうかね)


   
いつもサイン会に並んでいるお客様を見ると、一様にワクワク楽しそうなので、そういう風に感じるものかと思いきや、そこは人見知りでシャイなひよこちゃん、前に行けば行くほど緊張が深まるばかり。結局数分後に、順番が回ってきたのですが、もはやどうしていいかわからないパニック状態になっていたので、あまりまともにお顔を観ることもできず、「(ステキな演奏)ありがとうございます。サイン、お願いします。[サインしてもらう]ありがとうございます。」と小さくボソボソした英語で話しかけ、ちょっとおじぎをしてスタスタと会場を後にしました。最後に1度、目があったのですが、演奏者の方がいささか不思議そうな顔をしていたように見えたのは、私の思い過ごしであって欲しいものです。


その一瞬目があったときに感じたのですが、2時間ほどの演奏会後すぐに数十分サイン会を行うのですから、演奏者の方はなんとなくお疲れのように見受けられました。全集中力を使って演奏した後に数十分間のサイン会では、確かに疲れるだろうと思うのです。
お疲れのところを、更に疲れさせるような手間をかけさせたような気がして罪悪感を覚えたひよこちゃん、もう当分サイン会には並ぶまいと決意したのでありました。