アンダーソン&ロウ(ピアノ・デュオ)で、すっきり爽快。

投稿者:ヤマネ


2015年も今日で前半が終了します。明日から後半戦です。みなさん心の準備はよろしいでしょうか。私は準備できていません。明日からいったいどうしたらいいのか途方に暮れています。誰か助けて下さい。


というわけで、7月もチケットの発売をします。4日7日、(そして17日も)チケット発売日です。


え?イチ押しは何かって?そら全部ですよ全部!・・・とかノリのいい居酒屋みたいな回答をあえて避けるとするならば、個人的には4日発売のアンダーソン&ロウが一番気になります。


アメリカの二人組である彼らは、実にイケイケであります。ブラームスのハイドン変奏曲を真面目に演奏するかと思えば、ぶっ飛んだトルコ行進曲を演奏してみたり、春の祭典やバッハを無心で演奏したかと思うと、スターウォーズを弾き出して客席を爆笑させてみたり。


演奏する二人が、心から楽しんでやっているわけです。


クラシック音楽のコンサートを聴いて、皆さんはワクワクしていますか?最近コンサートではワクワクというよりも、なんだかサツバツとしてたりもする・・・かなあ?・・・そんなフンワリとした悩みをお抱えのあなたには絶対にオススメです。スカッとしようぜ!兄弟!


音楽とは本来楽しいものです。眉間に皺を寄せてうおおおおおブルックナー!!深いいいいいいいい!!と一人夜中にヨダレを垂らして叫ぶのもいいですが、ダースベイダー、ヒーハー!!ブッシャー!!と梨汁するのもまた、よろしいのではないかと。


アンダーソン&ロウが武蔵野に、という事を聞きつけた日本の複数のプロのピアニストたちからもおー、来るんですねー!と期待の声をいただいております。公演日は8月8日。すぐですね。すぐですね。発売日に必ずご予約下さい!


待ちきれないあなたは、YouTubeでも観つつお待ち下さい。当然のように映像にも凝っている彼らにはおもしろい映像がいっぱいありますが、たとえば下の二つとかどうでしょう。


■シューベルトの「魔王」


■コールドプレイの"VIVA LA VIDA" これはスムースで気持ちの良い音楽です。


 

湿度との戦い、チラシ印刷編

投稿者:ヤマネ


湿気が大好きだという人もいるでしょう。ぶわーっと全身に吹き付けるような重い空気があってはじめてほっとできる、という人もおられるでしょう。


しかし今日、私は、湿気と激しく戦い、ありとあらゆる怒りの言葉をもって湿気に対峙したのである(大げさ)。


ご存知の通り、私たちの作るチラシは伝統的にモノクロのもので、たまにビラとか、アジビラとか言われるのですが、デザインから印刷、封入まですべて自分たちでやっております。


このチラシ、最近A3型(サイズ)のものが登場しております。これは単にいつものA4のちらしを二つ並べてA3にしただけのものですが、これが今日の「大ブレーキ」だったのである。箱根駅伝ならきっとタスキが途切れ、みんな中継点で大泣きしながらブレーキのメンバーを許したに違いないのだ。よくやった、頑張った!お前は悪くない、と・・・。


このA3型のチラシを印刷機にかけたのですが、湿気からかクルッと紙が丸まって出て来て、ボヤンボヤンになってしまったのである。うまくきっちりと積まれていかず、あっという間に排紙トレイが百花繚乱。


印刷機は「エラーですよエラーですよ排紙エラーですよ」と数枚おきに大声をあげ、私は天を仰ぎながら排紙トレイをきれいにする。スピードが早すぎるからダメなのかな?と思い低速にしてもダメ、じゃあいっそのこと最高速で!と爆速にしてみても、ダメ。クルリンパのピーピーピー。(上の画像。画像はクリックすると拡大します。)


私は昨日つつがなく38歳を迎えたのですが、すっかりいい大人であることを忘れて取り乱し、役立たずの印刷機(濡れ衣)を手当たり次第にちぎっては投げちぎっては投げ、すっかり現場は阿鼻叫喚の地獄絵図である。


そういう構図でした。今日印刷しましたのは1400通。普段でしたら10-15分もあれば印刷出来るところ、途中で何度も止まりながら(エラーを出しながら)30分近くかかったのである。


湿気は大嫌いだと心の底から確信した。そんな日曜日の朝。

  

  

私の詰めの甘さを反省。クス弦楽四重奏団におけるステージセッティングのケース

投稿者:ヤマネ


クス弦楽四重奏団の演奏会もご盛況をいただきました。ありがとうございました。


四重奏はしょっちゅうやっていても五重奏はあまり武蔵野では多くありませんので、新鮮な感じが致しました。今後はぜひもう少し大きめのアンサンブルを、例えばエネスコの八重奏とか、素晴らしい曲がありますから、聴いてみたいですね。


ここからが本題ですが。この日は五重奏が2曲、間に四重奏一曲。これは何を意味するか。舞台上のセッティングを変えなければならぬ。・・・というわけで不肖私が舞台上に出て行ってえっさほいさとセッティング替えをさせていただきました(「転換」と言う)。


こういう場合、私はステージ上で適当に椅子を並べている~"ザ・目分量" Mebunryou ~と思われるでしょうか。


実を言いますと、そんなことはありません。リハーサルの時にあらかじめ舞台上に「5人の時の場合」「4人の場合」を作って、それぞれの椅子の後ろ、譜面台の下に目印のテープを貼り、移動するときに混乱したり時間がかかったりせぬよう、備えます。(この日は一人分を出し入れだけでしたので簡潔でしたが、出入りの激しい室内楽の公演だったりしますと、難易度がガツンとあがります。)


テープを貼るに当たっては、実際にリハ中に椅子を並べて自分たちのいいところに座ってもらったところで、はいはいはいはい、ほらほらほら、とテープを貼るわけです(バミる、と言う)。


で、今回は、バミるところまではよかったのですが、まさか前半と後半でヴィオラ奏者2人の座り位置が替わるとは思っておりませんでした。後半開演直前、ステージで物々交換などが行われ、公演が少し渋滞してしまいました。


座り位置が替わらないか、しっかり確認しなかった私のミスであります。お詫び申し上げます。最近「世界のトップを10秒で納得させる資料の法則」という本を読み、あいまいさ、甘さを排除することの大切さを学んだつもりだったのですが、まだまだでした!!


今後も精進いたします。


  
  

プロとプロによる、プロプロ対決。トムシッチVS調律師。

投稿者:ヤマネ


75歳にしてついに初来日のドゥブラフカ・トムシッチ。素晴らしいピアニストでした。


私が聴いて、招聘する決定打となった演奏は、実はやや古い録音でした。大変失礼ながら、ご年齢を考え「大丈夫かな?」と少し心配しておりました。


そのこともマネージャーに伝えたのですが、それについては全く心配に及ばない、という返事でした。結果的にそんな心配をぶっ飛ばす素晴らしくカキーン!クリーンヒット!でしたし、お客様からも大変なご好評を頂くことができました。演奏をして下さったトムシッチさんと、ご来場下さった満場のお客様に感謝しております。


個人的にはスカルラッティの見事さに心を打たれました。あんな辛口で鋭く、そしてまろやかさもブレンドされたスカルラッティを聴いてしまったらもう何も言うことはありません。


さて・・・ピアノについてトムシッチさんから一点だけ要望がありました。公演日の午前中に練習をしにきた際、おもむろに「下から三番目のF(ファ)の音がくすんでいるから直して欲しいと調律の方に伝えて欲しい」と言われたのです。素晴らしい耳であります。


で、調律の方にそれを伝えるのが少し遅くなってしまったのです。調律が終了した後になってようやく伝えました。「実は下から三番目のFの音がくすんでいるということだったので・・・」とお伝えしたところ、「ああそれならもう気がついて直しました」という何とも力強いお言葉!!私は感動致しました。


ここで終わりだったらハハハよかったねぐらいで終わるのですが。


トムシッチさんは調律後のピアノを触ることはなく、開演直前になってホール入りされたのですが、楽屋に入る直前おもむろに私の方を振り向いて曰く「さっき言い忘れたけどFの下のC(ド)の音もイマイチだったので直して欲しかったんだけど」。ほほお。もう開演15分前ですわ。


目の前に調律の方が居られたので「とおっしゃっていますが・・・」と言いましたら、「それも気がついて既に直してあります」。


・・・・これこそプロフェッショナルと言うものではないでしょうか?


すっかりうれしくなった私は、トムシッチさんと一緒に夕焼けに向かってスキップしました。


武蔵野市民文化会館のコンサートピアノの調律は山石屋洋琴工房という所にお願いしております。当日の調律は代表の岩崎俊(たかし)さんでした。プロであります。
http://www.yamaishiya.co.jp/

  

長いコンサート、短いコンサート

投稿者:ヤマネ


現代のクラシック音楽のコンサートにおける、適切な時間はどれぐらいでしょうか。


普通我々は「休憩込みで2時間」というのをなんとなくコンサートの長さだと思っていたりしますがこれは単なる習慣なのか、長い間歴史に積み上げられてきた集大成としての、現代人にとって心地よい長さなのか!!ババーン!!(大げさ)。


1時間30分を切るようですとやや短いなと思いますし、2時間15分を過ぎると、長いかなとソワソワしだしたりもします。当事業団の公演ですと、先日のユリアナ・アレクシュクの公演は1時間30分を切りましたので、まあ、短めでした。「短いよ」というクレームを頂戴致しました。


そして今週火曜に開催されたモーリス・ブルグ公演は2時間15分超えで、こちらはクレームはありませんでしたが、最後の曲を聴かずに帰られるお客様もちらほらおられ、終演後もダーッと全速力で皆様お帰りになり。いやー、やっぱりコンサートは2時間前後なんですかね、と思ってしまいました。


「あらかじめ長さを教えて欲しい」と言われることもあります。しかし、この曲を演奏するならこれぐらいの長さというのは大体わかるのですが、演奏家によって演奏するスピードが違いますし、繰り返しをしたりしなかったり、カットがあったりなど、様々な理由で長さが大幅に変わることもしばしば。


そんなわけで、公演の長さをプログラムに掲載したり会場に掲示したりする、ということは原則として(今のところ)やっておりません。


今までで一番面白かったのはスペインのスターテノール、セルソ・アルベロのリサイタルでしょうか。送られて来たプログラムの時間を計算してみましたところ、トータルで50分弱ほどしかない!これは若干気をもみましたね。


仮に長めに休憩をとったとしてもこれはいくら何でも短すぎるだろう、「もっと長くなりませんか」と尋ねたように記憶していますが、曲が追加されることはありませんでした。


そしてコンサート当日。


・・・一曲歌うたびに客席から出る大きな拍手!それに応えゆったりと出たり入ったりを繰り返す時間。それらがどんどんボーナスとして加算され、アンコールも3曲歌い、結局公演は1時間45分ほどの長さになりました。


スターは時間の使い方をよく知っている、と唸ったよき思い出である。



  

仕事には順番がある ~ピッチンと私~

投稿者:ヤマネ


仕事には順番があります。


急ぎの仕事、締め切りがはっきり決まっている仕事。急いではいないけれどダラダラやっていたら困ること。


火曜日の午後、私がやっていた仕事は「何となく後回しにしていた仕事」とでも申しましょうか。


多くの皆様がチケットを買って下さるおかげで、当事業団の公演のほとんどが完売しております。完売するとすぐにまた他の公演の販売が待ち受けており、どんどん新しい公演のチラシを作らなければならないのですが、売り切れればつぎ、売り切れればつぎ、と矢継ぎ早に出来るものではありません。


チラシは我々一同、夜ごと頭をひねり、一見関係のなさそうな本や雑誌や吊り広告などをボーッと眺めたりしながらチラシを考えております。個人的には入浴中にエウレカ!!と叫んでいることが多いです(ウソです。エウレカなんて叫ぶ人は世の中に存在しているのでしょうか)。


事務所のラックなどにありますちらし類。完売した公演のちらしなどの前には「完売御礼」と貼り紙をするのですが、この貼り紙が「だいぶ」くたびれておりました。聞いてみますと10年ぐらい使っているのではないかとのこと。


物持ちがいいということは素晴らしい!と思うのですが、それにしてもややくたびれの度が過ぎているのではないか、と。思って3、4年。ようやく手を付けてみることにしました。おもむろにワードを起動し、カチカチ。出来ました。


ただ紙を貼るだけでは弱いので、紙を強くする何かがないだろうか、途方に暮れていた私でしたが、なんと事務所の奥から「ピッチン」が出て来たではないですか。ああ、ピッチンだ!私は嬉しくなりました、紙を手軽に強くするためにこんな最適な道具はないからです。なお、私はピッチンというものの存在をついぞ知りませんでした。便利なものがありますね。


それで。私は「死ぬほど」という前置詞が付くほど図画工作がダメなので、ピッチンが得意というSさん(女性)にお願いしてきっちりと美しく張ってもらいましたところ、まあまあいい感じに出来ましたので、これを今後使う事にしましょうかねえ・・はてな。という事になったというゆるやかなブログでした。


あまりにもオチのないブログで申し訳ございません。


  

  

またしても通貨の単位を間違える私。

投稿者:ヤマネ


なんで日本は数字を4桁ごとに区切るのでしょうか。


万、億、兆、京、垓、杼、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数。子供の頃覚えましたが、全く使う機会がない・・・ため息・・・。


いや、ため息をついている場合ではありません。私はユーロとか、ドルとか、そういう通貨の金額を即座に暗算で円にするのがとても下手くそです。最近では「グーグルに聞く」という技を覚えましたけれど、会話をしているときにグーグルするのはなんとなくはばかられます。


日本と違い彼らは数字を3桁ごとに区切っている、まずここからがして、つまずきのもと。そしてユーロやドルを円に直して考える場合はゼロを2つ足さなければならない。ここでさらなるひねりが加わります。このダブルパンチでもって、私という生まれたての子ジカのような存在は軽くリングに沈められるのであります。


みなさんはいかがですか。ワン・ミリオン・ダラーと言われて即座に金額が日本円で浮かびますか?


さあ、やってみましょう、いち、にの、さんっ!!『サーティ・トゥー・ミリオン・ダラー』。えっ?


すぐに暗算出来ましたか。レートにより細かい金額が変わるのはおいておくとしても、32億円前後であると、ぱっと思い浮かべることが出来ましたでしょうか。素晴らしいことです。うらやましいことです。私はダメです。指折り数えて、頭から湯気を出し、鼻血ブーで考えた結果、3億2千万かな?とか思います。


先日武蔵野で歌いましたソプラノ歌手、エカテリーナ・レキーナとぼやぼや立ち話をしておりましたところ、ジャパニーズ・キモーノゥが欲しいわあという話になりまして、それなら断固アサクーサーがオススーメー、と言ったのですが、仲見世の近辺で売っておりますのはいわゆるスーベニアー向きの格安なものですから、リアルなキモノが欲しいと言う場合は高いよ高いよ、と、いらぬ事を申しましたところが「大失敗」でした。


え、いくらぐらいなのと聞かれて、さあもうダメであります。一生懸命頭をひねって、えーとえーと、ワン・ミリオン・ダラーぐらい?と答えたから、もうレキーナ女史仰天であります。た、たっけぇー!


そりゃあそうですよね、リアルなキモノが1億円もしたらそれはきっと淀君が着ていた着物とかに違いありません。


研鑽を積んでいるところであります。え、ビリオン?トリリオン?はっ?はっ?


  

  

舞台袖で起こっていることシリーズ ~ドアマンは見た~

投稿者:ヤマネ


舞台袖。アーティストが出入りをする扉の向こう側は通常、お客様からは見えません。


こういう体験はありませんか?「客席が暗くなり、さあはじまるかと身構えていたが、全然始まる気配がない・・・。」


しばらくはまあ、しーんとした雰囲気の中、待っていますね。誰もがまだかまだかと待ち構えているわけですから、緊張間が溢れる瞬間でもあります。ところが10秒経ち、20秒経ち・・・何も起こらず・・・と進んで行くにつれ、緊張間はやがて不安、いらだちへと転化していきます。


そうでしょう。聴く方はもう「拍手する気満々で」待ち構えているわけです。1分以上経って全然うんともすんともいわなければ、どうした、どうしたんでしょう。ひょっとして急病かしら・・・とも思われるかも知れません。あるいはだんだんとイライラして来て、早くっ、早く出て来なさいよっ!!と思われるかもしれません。舞台の扉を睨み付け、無言でイライラと戦うわけです(う、もしかしてこんな短気で自分勝手なのは私だけ?)。


こういう時の舞台裏でどういうことが起こっているか。いくつか考えられますが・・・。


例えば、出演者がのんびりしている場合。だいたいのステージマネージャーは、客席の照明を暗くする前に楽屋に行って出演者を呼ぶわけです。オーケー今行きます!と返ってきたとします。その言葉を信じて、袖に現れる前に照明を落としてしまったのだが、出演者はいっこうに出て来ない、というケースがあります(スタッフのミス)。


もしくは、いったん袖まできたものの、ああ!!アレを忘れた!と出演者があわててふたたび楽屋に駆け込むケース。これも多いですね。そしてそのアレが全然見つからないわけです(出演者のミス)。


会場の雰囲気を自分に集中させたいがためにゆっくり出て行く。スターは遅れて登場さ。そういうケースは、極めてまれです。というか、見たことがありません。


そうそう、稀にですが、照明が落ち、出演者も袖に居て、いざ始めんというときになって、「ああっ、弾けない!!キャンセルします!!」と出演者が大騒ぎをするシャレにならないケースもあるそうですが、私は見たことがありません。


私が客席で体験した「全然出てこない」は2回あります。1回はザルツブルク音楽祭で聴いたポゴレリチ:10~15分ほどして関係者が舞台に登場「体調不良だが本人は弾きます。万全の演奏ではないことをご理解下さい。」と宣告。さらに5分ほどしてから本人登場。演奏中もゴホゴホ咳をしていました。


もう一つは、ブリュッセルのパレ・デ・ボザールで聞いたベルギー国立管弦楽団の定期演奏会。やはり誰も出てこないなと思っていたら、関係者が「指揮者(ミッコ・フランク)が急病のため出演できません。協議の結果、寛大にもソリスト(アンティ・シーララ)が前半弾き振り(ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番)をします。後半ですが、オーケストラは引っ込みます、ソリストがディアベリ変奏曲を演奏します」。


欧州の場合はこのあたり非常に寛大と言いますか、こういうハプニングを楽しまれるといいますか、このとき会場は大興奮でした。まさかのいきなりディアベリ。まじですか!すげえ!!


終演後客席がスタンディング・オベーションだったことは言うまでもありますまい。


  


  

生生生生アンドレアス・シュタイアー&生生生生ロベルト・ホル

投稿者:ヤマネ


私がアンドレアス・シュタイアーの本物を見た(なんて言うと失礼ですが)のは、今週11日の武蔵野市民文化会館公演が初めてでした。その最初の印象は・・・あら、小さい。


意外と小さい方でした。


CDは何枚も持っていますので、ジャケットの写真などで顔はよく存じ上げているつもりだったのですが、もっとずっと背の高い方だと勝手に決めつけておりました。190ぐらいあるでしょう。あるに違いない、いーや、絶対デカイ!!異論は認めない。と勝手に想像しておりました。なんということでしょう。想像は意外な方向に外れるものだ。


私自身の身長は、サバ読んで170cm(本当はぐやじいぐやじい169.4cmぐらい)なのですが、シュタイアーさんもその程度だったのではないでしょうか。これは写真だけではなかなか判らない事ですから、コンサートというのはこういう意味でも面白いものだなと、そのように思いました。


招聘元の方が仰るには、シュタイアーがいわゆるモダンピアノでソロ・リサイタルを開催するのは日本では初めての事だったのではないか、とのこと(未確認なので、間違っていたら申し訳ありません)。そういう意味でも、興味深い公演だったのではないでしょうか。やはりコンサートというものはおもしろいものだなと思いました。


そして昨日はバス・バリトン歌手のロベルト・ホルの公演がありました。この方は以前もお会いした事があるのですが、巨大です。身体も、お腹も、顔も巨大。歌手は身体が楽器。これほど巨大だからこそ、ワーグナーのように、咆哮する大オーケストラを突き抜けて客席に届くような「特大の声」が必要とされる作品でもご活躍が可能だったのでしょう。


あらためてしみじみとそう思いました。


コンサートとは、ただ生の音楽を聴くために存在しているわけではありません。他にもいろいろと発見があるものです。だからこそ面白く、デジタル全盛の今でも淘汰されることなく、残っているのでありましょう。


みんな、コンサート、行こうぜ!(意味不明な終わり方)


  

こんなものが押入れから!東京交響樂團(←この漢字)のチケット。

投稿者:Lepi
 
 
 
手元にこんなチケットの半券があります。
1951年8月25日のコンサートのチケットです。
演奏したのは、東京交響楽団。
 
 
東京交響楽団のホームページを見ると、1951年(昭和26年)は、東宝交響楽団から東京交響楽団に名称を変えた年とあります。名称を変えたのは3月末なので、新名称の最初のチケットではないのですが、その年のチケットです。東京交響楽団の歴史が感じられる資料です。
そして演奏会場は、今はなくなってしまった田園コロシアム。
私の年代だと、田園コロシアムというと、プロレスとポップスのイメージが強いのですが、クラシックの公演もやっていたのですね。
野外コンサートだったのでしょうか?
戦後の復興が始まったばかりの頃の時代を感じます。
 
 
そして2015年...今年ですが、
8月2日に、フレッシュ名曲コンサートが武蔵野市民文化会館大ホールで開催されます。
演奏するのは、東京交響楽団です。
指揮:クリスティーナ・ポスカ 
ピアノ:岡田奏 
 
これからの活躍が期待される有望な若手アーティストによるコンサートです。
若手支援を目的とした都の助成金により、超低料金でフルオーケストラの演奏を楽しむことができます。
東宝交響楽団として創立してから69年。1951年に今の名前になってから64年の伝統ある東京交響楽団とフレッシュな若手アーティストの共演、是非お楽しみいただきたいと思います。
 
チケットは昨日発売し、現在のところ942枚ご予約いただきいております(残り408枚)。
 
■8月2日(日)午後3時開演 東京交響楽団 公演詳細&チケット予約は以下のURLから